それから私は父とドライブをした。


家に帰らずに、そのまま高速に乗った。

父は、母からなかなか帰ってこないことを心配されて携帯に電話がかかってきていた。


「あぁ、うん、大丈夫。ちょっとりなと出かけてくるから。」


と、父は落ち着いて電話していた。


その後は、私が喋る訳でもなく、父が話しかける訳でもなく、ただ車は高速を真っ直ぐ走って行った。

私は抜け殻になったように脱力して、ただ助手席から見える目の前の景色を眺めていた。


涙がつーっと頬を垂れたが、拭くこともしなかった。

父は全てを察していたようで、黙って運転に集中していた。



「どこに行くの?」

とだけ私は前を見たまま聞いた。



父は、


「湘南に行こうか。」


と微笑みながら穏やかに答えた。





父も私も海が大好きだった。三姉妹の長女だった私は、特に父に幼い時、可愛がられていた。海には1歳の頃から毎年家族で行っていた。


最近は、父の仕事が変わってからは行けることが無くなっていた。




しばらくして、2時間程経った。
目の前に海が見えた。江ノ島の灯台が遠方に見えた。




「着いた、着いたっ」


父は楽しそうにそう言った。
私を元気付けようと頑張ってくれていた。



「ほら、元気出して。行こう、りな。」


そう言うと、私の顎を小さい頃よくやっていたように撫でてくれた。子猫を撫でるようにいつも父は子どもたちにこれをやっていた。



26歳になっても、父の中では私は、小さい頃で止まっているようだった。





湘南の海の駐車場に車を止めて、2人で海を眺めに行った。

この時、私は3週間ぶりくらいに外に出て太陽の光を全身で浴びた。

風がゆったりと心地良く流れていた。波音が穏やかで、遠くにはサーファーが何人か見えた。





父は疲れているようで、砂浜の脇の歩道の上に座っていた。そして普段はあまり撮らないのに珍しく海の写真を撮っていた。


私も横に座って父と淡々と話をした。


父は、

「お父さん、今人生で一番お金が無いんだよね。」

と海を眺めながらぽつん呟いた。



私は、

「なんとかするしかないけど、お父さんも無理しないでね。連れて行ってくれてありがとう。」


と伝えた。



父がそうやって弱音のような、本音のようなことを言うことは中々なかった。
父も辛いのに、精一杯生きてる。きっと以前の仕事で不正行為をしてしまったのは、苦しさに耐えきれなかったからだろうと自分に言い聞かせた。


なんでそんなことをしてしまったのかは私は最期まで敢えて聞かなかった。













私は1人で風を感じながら、海に足を入れて、その冷たさを感じて癒されていた。
父がここに連れて行ってくれなければ感じられなかった癒しの感覚だった。





その後は、海に面していた江ノ島新水族館に向かった。有とも何回も行った水族館だった。





父と2人でデートをしているようで楽しかった。久しぶりに楽しいという気持ちを味わっていた。


イルカのショーを観たり、アザラシやペンギンの水泳を眺めて私は子どもに戻ったように楽しかった。


父はなかなか歩けないし、24時間働いた後に2時間運転をさらにして、私を元気付けようと必死で付き添ってくれた。

自然と笑顔になった私を見て、父は安心したような顔をしていた。




水族館に行った後、海の前にある珊瑚礁というカレー屋さんに2人で行った。
父はカレーが好きだった。ここは有が友達とよく行くおすすめのカレー屋さんだった。














「美味しいね!お父さん。」

と私が言うと、


「カレーは疲れた時に食べると元気が出るね。」


とゆっくり優しく言っていた。






父はデートの最後に、藤沢駅の駅ビルで花柄のワンピースを買ってくれた。
お金がないのに、それでも買ってくれた。



かなり太ってしまって着れる服が限られていたが、なんとか着れて、自分に似合う物が見つけられて嬉しかった。







こうして父との最期の想い出つくりをした。


これも今振り返ると、私に神様が与えてくれた父との最期の時間だったのかもしれないと思った。




帰りの車では、私は久しぶりに元気を取り戻して、父と他愛もない話をして帰った。

そんな当たり前のようなことが出来て嬉しかった。



「りなが元気になってよかった。」


と家の駐車場に着いて、車を止めるとそう言って父は笑った。




私は、ありがとう。お父さん。と伝えて、またいつもの私に戻れるかもしれないと、久しぶりに希望が持てた。






〜おわり〜