一年経った4月25日 | アタイの生態

一年経った4月25日

4月25日 一年前のその日あなたは何をしていましたか?


アタイは 職場にてニュースに釘付けになってました


兵庫県尼崎市にて JR西日本による列車事故


とうてい一年やそこらで忘れられる映像ではないし 忘れてはいけない光景だと普通なら思うところだわ


しかし JR西日本という会社にとって この一年はどんな風に時間を使われてきたんだろうと思うの


車両が激突したマンションは未だにその姿を当時のまま残しているの


アタイは学生時代 電車で大阪に通っていた時に事故の路線をいつも通っていました


何度もあのカーブも通ったわけだけど 当時はまだマンションは建ってなかったの


それでもあそこのカーブの圧迫感というか 車両と当時その横にあった建物の近さは気になる物でした


それからしばらくして マンションが建ったんだけどね


実はさ あのマンションって 各部屋の入口が全部線路側なのね


だから非常階段とかも線路側にあるのよ で階段で降りてゆくと 一階の線路側に住人の方の駐輪所があるの


だからさ あのニュースを聞いたときに


「駐輪所に人が居たら 巻き込まれたりしてるかも?」って その事もすごく気になってたのよ


不幸中の幸いというか マンションの住人の方が 駐輪所や 電車が突っ込んだ駐車場で巻き込まれる事はなかったのよね


でも 事故のあった時間が朝9時すぎでしょ 子供を保育所とかに送り届けて帰ってきたり


主婦が買い物に出かけようと 自転車置き場に居たりしてもおかしくない時間帯よね


ほんとに ちょっとしたタイミングでどうなってたか解らなかったのよね



実際に 事故当時マンションの部屋にいた人は 未だに衝突の震動や人々の声が忘れられないと苦しんでる方も居るわけよね


事故当時 JRは「補修すれば 住めなくはないでしょ!」的なコメントを言ったりしてたんだけど


到底あのマンションには住めないと思う


あれから一年 マンションの一角に献花台が設置されていて いつ献花に来ても大丈夫なように


ガードマンが常駐していたのね 常に御線香の香りが漂ってたわけで


住人の方の中には 「御線香の香りを嗅ぐと 事故のことを思い出す」と やはり精神的に苦しんでる方も居たわけで


やはり多くの方がお亡くなりになった場所の上で 笑顔で生活する事って 無理だと思うのよね


これからも JR西日本が あのマンションをあのままの姿で残して行くつもりなんだとしたら


ぜひ JR西日本 幹部の方々の宿舎にしてみてはいかがだろうか?


107名の貴い命は二度と帰ってはこないのだから 絶対に忘れないためにも 宿舎として住んでいただきたい!


遺族の方との交渉は 未だ数名としか進んでいないらしい 


誠意をもって まずはしっかりと 遺族の方と対話する事が大事なのではないでしょうか?


まだ一年です! 何もまだ変わってはいない!! 


一年という時間では突然大切な家族を失った遺族の方の心は癒されないです!!!





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