忙しい日々、私たちの周りには

文字が

言葉が

雑音が

多すぎて

身体で感じるものが少なすぎた。


あったかかったり

実態があるかのように胸に感じられる、

焦点が合うと溶けてしまうような

アレ。

言葉も文字も何もついてない、

アレ。

そしてアレは一瞬、ここでしか感じられない。

今ここでしかキャッチできない。


そしてソレを大切にする。

未処理にしない。

優しくソレに居場所をあげる。

すると面白いことに

日常が疲れないものになる。


それはもう地味すぎる変化だけど

日々私たちを疲れさせるのは

思考だったんだと

気付かざるを得ない。

なぜなら、

ソレを大切にすると

感情に余計なストーリーがくっついてこない


感覚があって、少しの感情を認識して


終わり。


これだけ。


自分を責める声

誰かを批判する声

こういうのが遠くなる。


なくなりはしない。

だってこれは自分を守るガードマンでもあるから

でも隣の部屋に置いたラジオみたいに

『なんか遠くで鳴ってる何か』

みたいになる。


コレがラクでラクで。

もう後には戻れない。