最近、大河ドラマ「光る君へ」で
藤原道長の長女・彰子が
「いけにえの姫」と呼ばれて話題になっていますが


 私は「藤原家出身のいけにえの姫」と言えば、まずこの方だと思っています。

 藤原不比等の長女宮子(みやこ)
 これらの漫画に登場します下差し
 藤原不比等の長女。母は葛城氏の賀茂比売(かもひめ)。

 なぜか歴史上ではあまり有名ではありませんが、文武天皇の妃となり、大仏と正倉院宝物であまりにも有名な
聖武天皇の生母です。

 聖武天皇を出産後、精神を病み😢37年間、自分で生んだ子を見もせずに自室に引きこもったと言われています。



 長岡良子さんの漫画では、このように描かれています。下差し
 とても愛らしく素直で、でも内気で泣き虫で人見知り。


 その宮子に、父・不比等が入内を命じます。


 しかし宮子は、母の実家の葛城山の神社に仕える巫女になりたいと考えていました。
 静かな山の中のお社で、神を奉じながら静謐な暮らしをしたいと思っていたのです。

 しかし、そんなことは許されず😓宮子は無理矢理💦入内させられ、難産の末に第一皇子・首皇子(おびとのみこ)を出産。
この皇子が聖武天皇となります。


 第一皇子出産に沸き立つ藤原家。
しかし宮子はお産の後、正気を失ってしまいます。
 自分の望む生き方を潰され、父の政治の道具として使われるだけの人生。


 出産を機に、張り詰めた我慢の糸が切れたのでしょうね。





 こちらは、清原なつのさんが描いた藤原宮子。


 入内を嫌がる場面はありませんでしたが、
 妊娠が判明してから毎日毎日毎日毎日💦
父・不比等が「男を生め、絶対に男の子を生め」と言いに来る。


 陣痛の最中でさえ、産屋の前で「男を生め❗」と叫ぶ父。


 男の子を生んだ途端、緊張の糸がプツリと切れ、燃え尽き症候群になってしまった宮子媛。
 くすくす笑いながら「私は子供なんか生んでいない」と。



 一度も我が子の顔を見ないまま、「私は子供など産んだ記憶はない。」と言う宮子。
 上差し実はこの作品の主人公は光明皇后なのですが。


 聖武天皇は初めて藤原家から出た天皇。これを機に、藤原家は政界で大きく躍進していきます。

 しかしそれは、宮子の重度の精神疾患という犠牲の上に成り立った栄華です。

 私は、藤原家の「いけにえの姫」第一号はこの宮子だと思っています。


 しかし、37年後に宮子は僧侶・玄ぼう(日へんに方)の祈祷により病があっという間に快癒し、聖武天皇に対面。そんなことあるのかと不思議でならない私💦


 続きます。