北海道で生まれ育ったので中華料理ですら20歳以前に食べた記憶がない
関係ないがゴキブリも道外に出るまで見たことはなかった
韓国朝鮮料理に至っては皆無だったと思う
キムチも食べた事がなかったと思う
地理的に離れているのと外食をほとんどした覚えがない事もあるからだろうか
小学4年まで札幌の円山の一戸建てで暮らしていた
その後は道職員だった父親の転勤で道内の僻地を回ったが,父親は運転免許がなく当然車もなかった事もあると思うが外食の記憶がほぼない
母親は香川県出身なので家で作る麺類の汁は関西風ではあった
なので東京でうどんを食べた時には汁の濃い色に驚いたし不味いと思った
東京から一年で大阪に転勤になり鶴橋で焼肉食べて驚いた記憶が鮮明に残る
桃谷の近くに今の妻が通っていた保健師学校があったからこの界隈はよく行った
焼肉とは当然豚の焼肉だと思い込んでいた
食べてみて牛肉だったので感動した
牛肉は高価だと思っていたのでこの値段で食べられるのかと思った
北海道では豚肉ばかりだった
牛はたくさんいたし道北の父の職場は牛を多く育てていたから牛の乳は貰い放題だった
だいぶ後年、北海道に居た牛はほぼ乳牛で食肉用ではなかったからだと知った
ここでは大きな毛蟹も安くて幾らでも食べられた思い出が残る
北海道はなぜかバターも非常に安かった
食事の時の食卓には常にバターが大きくカットして置いてあった
ご飯にバターと醤油を入れてバターご飯で食べるのだ
卵ご飯もあったとは思うがうちの家ではバターご飯だった
関西では目が点になった記憶も残る
握り寿司を頼んだ時に海老が茹でてあった
生寿司なのにエビは生でないのには心底驚いた
ただそのくらいで関西には10年いたが食べ物は総じて非常に美味かった
焼肉やキムチやてっちりのあのポン酢の味に痺れたしホルモンも衝撃だった
難波にあった金龍というラーメン屋は、ニラキムチが入れ放題だったので,汁が真っ赤になる程入れて食べた
北海道では内臓肉は余りなかったと思う
その後妻と子供を連れて北海道にUターンするのだがしばらくは韓国料理は忘れていた
再度思い出したキッカケは40歳の時に大韓航空のバンコク往復90日オープンチケットを買って
帰国時に中継地であるソウルで数日間の飛行機待ちをした事
たまたま入った参鶏湯(サムゲタン)専門店で食べて衝撃を受け、帰国するまで毎日食べ続けたほどハマってしまった
サムゲタンには朝鮮人参酒がお猪口一杯付いてくるが,これにもハマってしまった
これはその後市場で生の朝鮮人参を買って帰り家で漬けたりした
世の中にこんな美味いものがあって今までその存在すら知らなかった代表格が参鶏湯
その後は韓国に行くたびにサムゲタンを食べて、行かない時でも始終レトルトを買って常備するほどの存在になってしまった
ちなみに今はそこまでの熱量はない
その後も冷麺とかスンドゥブチゲやチヂミなどどんどん目移りしていった事もあると思う
冷麺のあっさしているのにコクのあるスープは衝撃だったし、スンドゥブもアサリの出汁がこれ程美味いのも衝撃だったし
兎に角、衝撃だらけが韓国朝鮮料理だったのだ
最初は冷麺とは冷やし中華のことだと思っていた💦
冷麺は夏になる前に箱で買うし(辛い盛岡冷麺と辛くないのも)スンドゥブは日常的に食べる
ナムルは自分で作るしキムチは普通にスーパーであれこれ売っている
キムチ鍋は冬の定番だし
そんなこんなで今までは和洋中だったが今では自分の中の認識は和洋中韓である
食生活の幅を広げてくれた韓国料理やガチ中華とかも最近見直されているようだし
タイの料理も美味しいし食生活の多様化は人生を豊かにしてくれる
旧統一教会や独裁北朝鮮だけは勘弁して欲しいが、ありがとう韓国朝鮮料理
最近韓国に行くと食べるのは土鍋でグツグツ煮えた普通のチゲ鍋が多いかな
ビビンバはコチュジャンがくどく感じるようになり余り食べなくなった