西の森に居たのは須田と秦が乗る戦車だった。あれから南の海岸沿いに島を半周した為、捜索班には出会っていなかった。


「やばーい、ライトつけちゃったよ。見つかったかも」

須田は頭を抱えていた。

「まぁ,こっちは森の中だし大丈夫じゃないですか?」

秦は言った。

「だといいけど…。てか玲奈ちゃん殺られちゃったんだね~」

「ですね。あとまさにゃも」

「SKEで残ってるのはちゅりと珠理奈かぁ。容赦ないなぁ~。AKBさんも結構な数呼ばれてたし、みんな殺る気ありすぎじゃなぁい?」

「まぁ、命懸けですからね」

「はぁ…そうだよね。あ゛ー緊張してきたぁ」

「緊張?」

「うん。深夜になったら集落に突撃しようと思って」

「はぁ…」

「というわけで亜香里はすこーし寝るからしゃわこ、見張りお願いね」



須田は丸くなると眠ってしまった。


秦は膝を抱えて暗闇に耳を澄ませていた。


(珠理奈先輩大丈夫かな?確か暗いの苦手だったような…)


秦は14才の少女を想った。
その14才が恐ろしい殺人鬼に姿を変えてしまったことなど、知りもせずに。


***


同じ西の森、しかし北寄りの木の深い場所に珠理奈はいた。

「やっと見つけた…」

いとおしそうに、何かを抱き締めた。

「きれいな顔」

それは二度と動くことのない松井玲奈だった。

「玲奈ちゃんだけは自分の手で殺りたかったのに…誰かに横取りされるなんて本当に残念」

冷たくなった玲奈の頬を撫で、まるで話しかけるように言葉を続けた。

「ねぇ、玲奈ちゃん、NMBは珠理奈が殺ったんだよ。すごいでしょ。玲奈ちゃんにも見せたかったなぁ、さや姉のあの顔」

珠理奈は微笑むと数時間前の出来事に想いを馳せた。
小嶋が寝室を出ると、キッチンから美味しそうな匂いが漂っていた。

「おつかれさま」

峯岸が駆け寄ってくる。

聞いていたのだろう、よく見るとみんな目を赤くしている。

「お腹空いちゃったぁー。ごはんー。あとしーちゃんも食べるって」


「はいはーい、お待たせしましたーっと」

大島が皿を持ってくる。

「わーい。え?こんなにいろいろ?」


「なんか冷蔵庫に材料いっぱい入ってたから適当に作ってみた。人数多いから質より量だけど」


食卓にはパスタやサラダ、煮物やチャーハンなどがところ狭しと並べられた。


「冷蔵庫に?大丈夫かな?毒入りとかじゃないよね?」

峯岸が心配そうに聞いたが小嶋はつまみ食いをしている。

「大丈夫じゃない?味見したけどなんともないし。…それに、うちらを殺すのが目的ならこんな面倒なことしなくても、眠らせてる間に殺せたじゃん。島に地雷埋めることだって何だってできた。アイツらは殺し合いさせたいんだよ。」

大島の言葉にそれもそうだと誰もが納得した。

峯岸だけは腑に落ちない顔だったが何も言わなかった。

「これはしーちゃんにチュウ」

河西が運んできたのはおじやだった。

「まだ消化のいいものの方がいいと思うから」


「ありがとう」

「あ、それ、私が持っていきます。あと、私もしーちゃんと一緒にあっちで食べてもいいですか?」


倉持が立ち上がると、二人分の食事を持って寝室に向かった。


「じゃあみんな先に食べちゃって。私見張りしてくっから」

「あ、じゃあ私も」

大島の後を峯岸が追いかけて行った。

「いただきまーす」

「わぁーおいしそう」



つかの間の平和な時間だった。


****

大島と共に屋根に上がった峯岸は少し考え込んだ後、口を開いた。

「ねー優子、やっぱ変だと思わない?」

「ん?何が?」

「さっきの食材!優子サラダ作ってたじゃん。何も思わなかったの?」

「どういうこと?モロヘイヤがなかったこと?」

「そうじゃなくて!サラダって鮮度のいい野菜じゃなきゃ作れないでしょ?他の野菜も!缶詰とかならまだしも、生成食品だよ?さっしーたちが他の家から集めてきた食べ物もみんな新しかった」

「んー…そーいや調味料も新しかったしなぁ」

「それに食器の数。箸とかさぁ~普通あんなにいっぱいないよ。まるでうちらがこうやってここに集まるのを予想していたみたいじゃない?」

「うーん、言われてみりゃあそんな感じも…」

「私が運営ならまともな寝床も食糧も用意しないよ。空腹だったり精神的に追い詰められた方がこういうのって加速すると思うから」

「みぃちゃん怖いなぁ。でも一理あるかも」

「だからこれも意図があると思うんだよ」

「罠ってこと?」

「そうかもしれない。例えば家ごとドッカーンとか。でも…」

「それだったら最初に殺せたって話だよね」

「そーなの。優子の言う通りなの。だからモヤッとしてて…何か大切なことを見落としてるような…」


「うーん…でも確実に人は死んでる。武器も本物だし」

大島が腕に手を当てた。
柏木に切られた傷だ。


「…そうだよね。考えたくないけど、それが事実だもんね」

「悔しいけどね」

「あーあと2日かぁ~優子は怖くないの?」

「ん~?そりゃ怖いよ。自分が死ぬのも怖いし、メンバーが死ぬのも嫌。…でも」

「でも?」

「泣いたってどうにもなんねーし、みんなでいるから少しはマシかな…こんなときだからこそ…あれ?」

「なに?」

「なんか光った」

「どこ?どこ?」

「あれ?消えちゃった」


大島は少し離れた西の森を指していたが首を傾げた。

「一瞬だったし気のせいかもしれないけど、一応あっち気をつけてみるね」


大島は膝を抱えると暗闇の中を見つめていた。



あまりにも唐突すぎて高橋には何が起こったのかわからなかった。

しかし気づくと床に尻をついていて、目の前には顔を真っ赤にした小嶋が立っていた。

左の頬が熱い。

「…にゃんにゃん?」

「たかみなはいっつもそうっ!」

小嶋が叫んだ。

「全部自分の中に溜め込んで、全部自分一人で抱え込んでさぁっ」


「辛かったら辛いって言えばいいじゃん!いっつも泣いてばっかのくせにここに来てから全然泣かないし、無理して笑ってばっか!」

「メンバーたくさん死んでんだよ?泣けばいいじゃん!怖いって言えばいいじゃん!こんなときぐらい弱音吐いてくれたっていいじゃん!!」


一気に捲し立てると小嶋の目から大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。


「私たちってそんなに頼りない…?たかみなの力にはなれない…?もっと頼ってよ」


「そうだよ、みなみ。一緒に荷物持つって言ったじゃん」


高橋の目から涙が溢れた。

ここに来てからたった半日が恐ろしく長かった。


信頼していた秋元や戸賀崎に裏切られた。

目の前で親友の敦子を失った。

可愛がっていた後輩が牙を剥き、

共に前を向いて支えあってきた仲間が仲間を殺した。

かけがえのない仲間がどんどん減っていく。


「うわぁぁぁぁぁぁあ…」

声をあげて高橋は泣いた。

辛かった

怖かった

痛かった


抑え込んでいた負の感情が涙と共に溢れ出た。





どのくらいそうしていたのだろう。

高橋が泣きつかれて眠ると毛布をかけて、篠田は部屋を後にした。



「しーちゃん、ごめんね」
同じように立ち上がった小嶋がハッとしたように言った。

「傷に響いたでしょ」

もらい泣きしていた大家が苦笑した。

「正直痛かったぁ。でもたかみなさんの痛みをわけてもらえたみたいでちょっと嬉しかったりして。あと、こじはるさんかっこよかったっす!」

「ふふっ、しーちゃんだーいすき」

天使のような小嶋の笑顔に大家は癒されていた。

「あ、いいにおいするね。ご飯かな。しーちゃんも食べられそうなら持ってくるよ」

「じゃあ少しだけ」

「わかった。待っててね」

ウィンクを残して小嶋も部屋を出た。