はるか かなたへ
――お兄ちゃん達、その蝉。
「なんだよ。お前、 ん??……]
(コイツ、車椅子だぜ)
車椅子の少年は曇りない眼で彼らをまっすぐ見ている。
「あ―わかった。ホラよ」
少年に笑みが溢れる。
公園でお兄ちゃん達から蝉を渡された〝車椅子の男の子″は、両手
に包むと、目の前にある大きな一本の木に放した。...
「よかった」
――ゆっくりジリジリと木を登っていく蝉。
「僕も……」
『かなたーー!』
「お母さん!?」
「あれだけ一人で遠くに行ったら危ないって言っていたのに、 お
母さん心配したのよ。何を見てたの?」
?
木を見上げ何かに気づいたように優しく少年に微笑む母。
「夕飯。かなたは何食べたいのかなー?」
「え、うん! カレーライス!!」
「カレー大好きだものね。日和もお兄ちゃんの帰り、待ってるよ!
」
母に車椅子を押され、二人の親子は日だまりの中を漕いでゆく。
――小さな街の片隅で、限りある季節に手を伸ばしながら。
それから八年の月日が流れた。
ここはどこだろう?
彼方は山々に囲まれ光が屈折する。広大な湖の上に立っていた。
「――立ってる……」
――ポツン ――ポツン
足元から目線を前方に向けると、そこには髪が銀色に輝き、深いブ
ルーの瞳をした少女が立っていた。
「……きみは……」
〝かなた、時間が迫っています〟
「時間? きみは誰?」
〝私は……〟
―――グオオオォォォ!!!
突如、後方から大きな咆哮にも似たうねり声が聞こえた。静寂な光
景は一変し、雷雲が押し寄せ、鳥の群れは慌ただしく駆け出してい
く。
(な! なんだ!?)
――私を……私を殺して!
――バサッ!!
(夢だったのか……やけに迫力のある夢だったな)
『お兄ちゃんー!! 朝だよー!』
「起きてるよ。おはよ日和」
この女の子は妹の日和(ひより)。ただいま中学三年生。
「お兄ちゃん、怖い夢でも見たの?」
「あ、いや、 なんでもないよ。可愛い子だったな。って思って」
「ま―た、スケベな事ばっかり考えてたんでしょ!」
「お前、清廉潔白な兄に向かってなんてことを……」
「はい制服!! アイロンかけといたからね!」
日和は箪笥の中から兄の制服をとって茶目っ気たっぷりに渡してく
る。
車椅子の男の子は、高校生になっていた。今日も、兄弟仲良く食卓
を囲む。
「うお~今日は朝カレーか~! テンションあがるなー」
「お兄ちゃんカレー大好きだもんね!」」
「おう。 って、、それお前!杏仁豆腐じゃないか!!」
「昨日スーパーで買ってきたんだ~。朝から幸せ~」
「お兄ちゃんのはないの?」
「なーい。 そういえば、昨日お父さんから電話入ってたよ。出張
中に電話よこすなんて珍しいよね!」
「日和の声聞きたくなったんじゃない?」
フフっ ――だよね!
「よし、じゃあ御飯食べたことだし、母さんに行ってきます! し
てこよ」
仏壇に手を合わせる兄と妹
「母さん! 行ってくるね!」
――僕の名前は遥彼方。
北海道旭川市在住の高校二年生
五年前に母が、病気で亡くなってから、父と妹の日和で、親子三人
で暮らしてる。
父の将哉は海外に1週間ほど出張中だ。
学校はエレベーターも完備ってことで、近所の私立に通っている。
俗に言う受験戦争は大変だった。。滑り込みセーフ。てな感じ。
趣味はアコースティックギターの弾き語りと漫画。他はえっと、え
ーと……
「早く~!」
玄関で待ちくたびれている様子の日和。
「ハイハイ!」
妹に車椅子を押されながら登校する彼方
「――お兄ちゃん、今日は一段と暑いね」
「ほんとだ。旭川は盆地だから夏は暑いし、冬は寒いからなぁ。ド
ラクエで言うとベギラゴン級の暑さだよ」
「ナニそれ。そういえば、お兄ちゃん、私彼氏できたんだ~」
「え? いつ?」」
「先週! お兄ちゃんは好きな子いないの?」
「俺は、ギターが彼女だからな……って、お兄ちゃんに紹介しなさ
いよ!!」
「フフっお兄ちゃん心配Cだから、その内ね!」
そんな話をしている間に、私立八木田高等学校の校門まできた。
「そういえば、今日夕方から天気崩れるみたいよー。部活終わった
ら迎えに行くから、十七時半に校門でね!」
「おお~」
元気よく手を振って走っていく日和
――恋人かぁ。
――生徒達が元気よく駆けてく。
いつもと変わらない当たり前の日常。
でも、そんな日を夢見ていた子供の頃。
僕がここにいる事が出来るのは、父さんや母さん、日和、みんなの
お蔭だ。
「よ~し! 今日も頑張るぞオ!」
彼方も他の生徒と一緒に、勢いよく車椅子と駆けてく。上靴に履き
替えてエレベーターに乗り込みいざ自分のクラスへ!
「おはよー かなた!」
――ここが僕のクラス二年D組だ。個性派揃いのD。通称デッドの
D。
チョークを投げてる奴もいれば、ダンス踊ってる奴もいる。
ゾンビみたいな動きしてる奴もいれば、常に手鏡を見てる女子も、
窓の外ばっかり眺めて黄昏てるのもいる。
……でも、僕の目にいつも飛び込んでくるのは。
「恵~! あんた何で安藤君フッたの!? あんなにかっこイイの
に!噂になってるよ!」
「やめてー……杏子、そんな大きな声で……」
恵と呼ばれた女の子の、その声は決して大きなものではなかったが
、何故かクラス中に澄み渡った。
【聞いたかよ! 安藤フラレたんだってよ!】
【聞こえた! 聞こえた~! まさかチャンス到来?】
【お前は無理。俺がいく】
【でも、恵さんあんなに可愛いのに、弓道部のエースだもんな。す
っげーよ。好きな男いないのかな】
【E組の桔平じゃない? ハンドボール部の。前に噂あったしょ?
何でも放課後に二人でいるとこ目撃した人がいるらしいよ】
【桔平かぁ~あいつ苦手なんだよなぁ。話しかけてくんなオーラす
っげーだしてない? 恵さんもああいう男が好きなのかな】
『コラー! お前達、騒いでないで学活はじめるぞ!』
(恵ちゃん。やっぱ可愛いなぁ。。)
みんなの談笑の中に入れなくとも、彼方はそれでもよかった。会話
に割って入る自信もなかった。何よりもこの空間にいれることが嬉
しかった。
――放課後
今日も無事平和に一日を終え、皆足早に家へ帰っていく。
最近はモンスターハンターっていうオンラインゲームが流行ってい
て、クラスの男子達は皆夢中だ。マックとかでやっているみたい。
女子達は女子会っていうのを開いてるらしい。何でも〝男子の前じ
ゃ言えないこと〝を暴露する恐ろしい会らしい。
(僕は――日和が来るまで音楽室だ!先生いるかな?)
音楽室は、一回玄関の裏手にある長い通路をまっすぐ行った所にあ
る。この通路が〝無駄に長すぎる〝ことから、教科で音楽を選択し
ない人もいるらしい。
でも、彼方はこの“無駄に長い廊下”が好きだった。
「よし。誰もいないな。。ゴ~!」
レーサーのように車椅子を勢いよく走らせる彼方。
――コン、コン
「はーい。」
ショートヘアーの美人のお姉さんがドアを開ける。
「あら? 彼方君、今日もきたのねえ。感心感心」
「ちょっと練習していこうかなって思って……」
「どうぞ。じゃあ先生、鍵は遥君に預けておくから、帰る時にいつ
もの場所にかけておいてね」
「はいっ!」
(よーし、じゃあ今日は、やっぱ歌の練習だ!!)
楽器室に立て掛けてあるアコースティックギターを手に取り、カバ
ンから作曲ノートを取り出す。そこには“空回りマイライフ”と書
かれていた。
(この前より、半音あげてみよ。キーはF♯だな)
誰もいない無人の教室で指でギターをかき鳴らす彼方。少しずつ体
も軽快にノッてくる。
(やっぱアコギは気持ちいいな。ちょっとだけ声出してみよっか)
〝すれ違うだけで、こんなにも胸が痛くなるのに、クールに決めて
も今日の君には効果はないよね。
裸で抱き合うことが出来たなら、不安や悩みなんて吹っ飛んでいく
よ。
それが僕らの長所です。
きみに伝えたい言葉があっても、今のままでは空回り気分。
君が好きだという言葉はもう少しだけ閉まっておくよ。恋の旅路は
続く〝
(気持ちいいなあ~ やっぱり将来はミュージシャンだなっ!!)
―― !?
後ろを振り返ると、そこにはなんと弓道着姿の恵ちゃんが立ってい
た。
(――なんで!?)
「ご、ごめんなさい!覗くつもりじゃなかったんだけど、ちょっと
部活の休憩中に水飲み場でお水飲んでたら、歌が聴こえたからつい
……ごめんなさい」
「え……歌聴いてたの!? こっちこそ大声で、驚かしてごめん」
(絶対変な奴だと思われた。放課後にこんな所で歌ってるんだもの
。。)
私好きだよ
――!?
「かなた君の歌」
(――な、なんだ。びっくりした!)
「学園祭でステージで歌ってるの見たんだ。私、歌なんてみんなの
前で絶対歌えないから」
突然の告白にどうしたらいいかわからずテンパる彼方
「あ、あんなの大したことじゃないんだよ! ギターも下手だし、
でも、なんかやってみたくってさ」
「私凄いことだと思うよ。そういえば私たちって同じクラスなのに
全然会話してないよね!」
「う、うん。一応俺、クラスに存在してるよ」
彼方にとって、恵はいつも後ろの席から眺めている、声を掛けたい
けど、掛けられないクラスのアイドル。
そんな憧れの人が突然目の前に現れて、彼方は思わず――
――す、好きな人いるんですか!?
「え……好きな人?」
突然の質問に戸惑う恵。
「あ、ごごめん!! 俺は何を!」
「ううん。じゃあ、一つお願いしてもいいですか? 聞いてくれた
ら、私も答えるから」
「いいの!? お願いって?」
「学園祭で歌ってた歌を、もう一回聴きたいんだ」
凛とした眼差しで彼方を見つめる恵
「え、それは、、」
(あれは君に作った歌だ。それを本人を前に歌うなんて。でも……
)
「いいよ! 歌う!」
「ほんとうに!? ありがとう!」
勢いよくノートを開く彼方。
「こんなに創ってるんだ!?」
ノートを見て子供のように目を輝かせる
「じゃあ、歌うよ!!」
「うん。。」
震える声と共にぎこちない指で弦をゆっくり紡いでいく。
そっと風の中探してる
君と僕が歩いた道を
耳をすませばあの日の二人の声が聴こえるようで
あれから随分遠くまできたけど
君への気持は変わらないよ
ほこりまみれの街で今きみを
そっと そっと 強くだきしめた
誰のためでもなく、ただきみのため
この歌をうたうよ
いつの日にも
ずっと二人で
緊張のあまりに声が上擦ってしまう彼方
「――ご、ごめん!」
「ううん。。いいの。やっぱりいい歌!」
「ありがと。でも、もっとうまくなるんだ!――さあ! 歌ったよ
!」
――ピンポンパン。
校内放送のアナウンスが流れる。
【二年D組の弓鞘恵さん、弓鞘恵さん、至急部室まで来てください
】
――パンポンピン――
「……ゲッ、先生だー。」
「ええ~こんなタイミングで!」
「ごめんなさい! でも、また、また今度ね!約束するから!」
「……い、いいよ! 気にしてないから!」
(仕方ない、か。話せただけでも奇跡だ)
「――好きな人。。いるよ!」
「へ?」
「今日はありがとうございました!」
深々と頭を下げて、駆けていく恵。彼女の笑顔が彼方の目に焼きつ
いて離れなかった。夕日が校舎を赤く染めていた。
世界はこの日の記憶を忘れはしないだろう。
もし、明日、全てが変わってしまったとしても。
「なんだか夢のような一日だったなぁ。恵ちゃんと話せるなんて!
」
練習を終え、崩れだした天気の中、校舎を出て妹の待つ校門へ向か
う彼方。時計の針は十八時を指していた。
(いけね! 日和怒ってるぞー! 三十分もオーバーしてた!!っ
て――あれ、いないぞ? 怒って帰ったのか?イヤ、そこまで気は
短くないハズだ。とりあえず携帯に電話してみよ)
――ツッ――ツ――
(でないか。もう少し待ってみるか? とりあえず着信は、いって
る筈だから気付いたら掛け直してくれるだろ)
――一時間経過。雨が、ポツン、ポツン降り出した。
(朝別れた時は変わった様子もなかったけど、部活長引いてんのか
な)
――二時間経過。雨が重みを増して彼方の差している傘にぶつかっ
てくる。
(おかしい。もうとっくに部活は終わってる時間だぞ! なんかあ
ったか? 心配だ。日和の通う中学までは、ここから二キロ。行ってみるか)
傘をさしながら車椅子を漕いでいく。。
(それにしても酷い天気だ。さっきまではあんなに晴れてたのに、
真っ暗だし、なんかこの世の終わりって感じが……)
彼方がそう思いかけた次の瞬間。
世界中に雷鳴が鳴り響いた!