前回↓の続きです。




高校の卒業式

卒業式前日の予行練習には参加できた息子でしたが…
高校の卒業式は、まさかの体調不良(頭痛)で欠席しました😥

「高校の卒業式は普通に参加できるね」と喜んでいたのですが、(4年前といえば、コロナが流行していた時期でもあり)大事をとって欠席にしました。

中学の卒業式は最後まで参加できなかったけれど、高校の卒業式では最後まで参加できるはず…と期待していただけに、余計に残念に思いました😭

でも無理は禁物なので、欠席したのは仕方のない判断だったと思います。

ちなみに卒業証書は送る事はできないと言われたため、後日、息子が高校までもらいに行きました。


大学

高校の卒業式を欠席し、体調が万全ではないことに一抹の不安を覚えましたが、親の心配をよそに大学に入学してからは特別休んだりする事もなく、普通に通うことができました😊

あれから4年経ち…高校の頃には考えられなかったくらい「普通」の学生生活を謳歌して、もうすぐ大学を卒業する予定です。

趣味のバイクのお陰で、大学以外の友達もたくさんできたようです。

バイクに関しては、息子があんなに大変な闘病生活を経験していなければ、間違いなく大反対して乗らせなかったと思います。

でも今は…闘病中に経験できなかった数々のやりたかった事に、どんどんチャレンジしてほしいと思います。

元気でさえいてくれれば、それでいいと思えるようになりました。


就職 & 一人暮らし

息子は就職のため、近々家を出て一人暮らしを始めます。

体調は「今が一番いい」と本人は言っているので、安心して送り出せそうです。

もちろん体調以外の心配は色々ありますが…本人が元気でさえいれば、なんとかなる事でしょう😁

私は結構心配性なのですが、今までは引っ越しまで日にちがあるから…と、あまり口を出さずにいました。

でも世間知らずな息子は、ノンビリし過ぎて心配になってしまいます。

いよいよ手続きや、新生活に向けての買い物など、いい加減、少しずつこなしていかないと…という時期になってきました。

そのため、どうしても息子にあれこれ言ってしまい、結局ウザイと思われてしまってるようです😅

親の心、子知らず…っていうやつですね💦


闘病期間を振り返って

今振り返ってみると「通信制高校の3年間は、治療と療養に専念しよう」と決断しておいて、本当に良かったです😊

「患っていた期間と同じだけ、回復には時間が掛かる」なんて仰っていた方もいました。

それはつまり、治療&療養期間があまりにも長いと、その状態に体が慣れてしまうことで、余計に回復まで時間が掛かってしまうという事だったのかもしれません。

息子は、だいたい半年に1回くらいのペースで(1年2ヶ月の間に)3回のブラッドパッチをしました。

3回のブラッドパッチで、ほぼ痛みのない状態にまで回復する事ができて良かったと思います。

残った症状は、主に自律神経症状で、易疲労、倦怠感、そして気圧の影響をとても受けるようになっていました。

自律神経症状だけなら、ブラッドパッチ以外のアプローチでも治せるんじゃないかと、2年くらいあれこれ試しましたが、普通の生活はまだまだ程遠い生活でした。

そうして大学受験が目前となり、いよいよ観念した息子は、約2年後に再度RI脳槽シンチグラフィーとCTミエログラフィーをする決断をしました。

その結果、RI残存率はグレーゾーンの数値でした。

やはりあと一歩というところまで治ってきていたので、もう一押しとなる4回目のブラッドパッチを受ける事にしました。

治療後はマイペースに受験勉強をしつつ、療養を重ねました。

そしてようやく「普通」の生活を送れる体調まで回復することができましたのは、恐らく大学入学直前だったのではないかと思います。


闘病時の記憶

息子に闘病時の事を何度か聞いてみた事がありますが、何度聞いても「あまり覚えていない」という返事が返ってきます。

記憶力低下の症状もあったので、その影響かもしれませんが、ツライ過去を覚えていないのは、本人にとっては幸せな事かもしれません。

息子の闘病生活を支えてきた私にとっては、忘れたくても忘れられない経験でした。

闘病中は親子ともに、メンタルを保つのも非常に大変でした。

それでも、このアメーバブログに出会い、同志のようにお互い大変な日々を励ましあって過ごしてきたブロ友さん達のお陰で、なんとか息子の闘病生活の辛さを乗り越える事ができました。

今はもうブログを卒業されている方もいらっしゃいますが…

その当時からのブロ友さん‼️
その節は、本当にありがとうございました🙇


子どもとの「今」を大切に

ブロ友さん達との大変な日々のやり取りの中で、気付かされた事があります。

闘病中でも「息子と過ごせる今を大切にしよう」という事です。

回復期に、気晴らしにと家族でボードゲームをしたのも、今となっては良い思い出です。

息子が元気だったら、恐らく部活や友達との交流関係に忙しくしていて、家にいる時間なんてほとんどなかったと思います。

そして闘病後、元気になっていくに従い、親離れのときが近いのを痛感しています。

うちの場合、私が思っていたよりも早く、近々巣立っていく予定です。

息子が家を出る前に…と、最後の思い出作りのつもりで、家族揃って数年ぶりにキャンプへ行ったりもしました。

今では憎まれ口を叩く息子ですが、それも元気であればこそ…

闘病していた頃のぐったりした息子を思い出すと、多少は好き勝手しても許せますが、社会に出てから困らないようにだけはしておかないと…と思って、やはり色々と注意してしまう日々です😅

私が口うるさいのも愛情ゆえと分かってもらえるように、チャンスを見計らって、できるだけ話をするようにはしていますが、あまりリビングにいないので会話する機会も限られてしまいます。

年頃の子の扱いは、本当に難しいですね💦

きっと、家を出てから親や家族の有難みを感じるんでしょうね。



長文となりましたが、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

息子の経験をブログに記す事によって、脳脊髄液減少症という病気のこと、そして闘病生活や回復期の過ごし方のヒントなどなど…どなたかの参考になってくれたら嬉しいです。

(機会があれば、また新社会人となった息子の話を書くかもしれませんが、息子が家を離れてしまうので、なかなか書けなくなると思います💦)

末筆となりましたが、闘病中の方々の回復を心よりお祈りしています。