2026年元旦
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。28日から4日まで休みです。休みに入ってから食欲も戻って食べられるようになりました。感染性結膜炎も目薬のおかげで充血も腫れも痛みも無くなりました。痛みがない、ストレスもかからない、心の重石も軽くなると元気も出てきました。昨日は紅白を流しながらゆっくりしてました。年越しそばを食べながらこたつに入ってあったかい部屋で猫たちとテレビを見て穏やかな時間が過ぎました。ふと思い立って地元氏神様の神社に行きたくなり、息子に声を掛けたら行くというので出かけてきました。本当は明るい昼間に令和7年のお礼を申し上げたかったのですが、体のきつさと眠気で昼間は断念しました。昼間眠ったので気が充電されたみたいで0時前に神社に向かうと結構な人が並んでいました。普段は訪れると人が居ない静かな小さな神社なんですが、やはりこの時期は違うのね。信心深い老若男女が多くて驚きました。結構な時間並んだのか、買い物して戻ると一時間くらい経ってました。私の好きな海の見える和布刈神社は人が多いと思われるので松の内の期間に行ってこようと思います。ゆっくりお詣りしたいので。近所の猫さんが居る神社も人が少ない時間帯を見計らって行ってみようと思います。フォトアプリから祖父の写真を写したものが出てきました。向って左が私の祖父です。職業軍人でした。水兵服なので若い頃の写真だと思われます。空母瑞鶴に乗っていて撃沈され何とか助かり、大鯨、最後は駆潜艇で沖縄に向かって奄美大島沖で撃沈されて亡くなったようです。忘れ形見の母に全然似てないな。目元が涼し気で若い祖父の写真を見ると不思議な感じです。母は目がパッチリしていて綺麗な二重瞼でした。弟妹も目が大きくて二重でパッチリしていますが、私だけ奥二重なので強いていうと目は祖父系なのかな。父親も彫りが深い系なので目だけは似ているのかもしれません。終戦の年5月に亡くなっていますのでその年の12月に生まれた母を見ることなく逝ってしまった祖父。祖母の妊娠を心から喜んで優しい思いが込められた手紙を何通も送っていました。母の遺品は妹が持っているので手元にありませんが、達筆で几帳面な性格がわかるような気がします。岐阜出身でお墓もあるらしいけれど、祖母と遺族の間で何かあったらしくお付き合いは絶えていてそこに行くことも叶わない状況です。心の中で思い出して手を合わせますが、息子より若い年齢で逝ってしまった祖父を痛ましい気持ちで思います。あちらに行った母と会えているといいですが、苦しいときに何も助けてくれなかった祖父に何も思い入れがないと母は言ってました。祖母も祖父が死んでから出鱈目に野放図にだらしなく生きたのであの世で再会できてないかもしれません。今日は元夫の誕生日です。60歳。どこでどうしているのか全く分かりません。明日は父の誕生日。生きていたら91歳。想像もできません。まだこうやって思い出すのでどこかで気持ちが残っているのでしょうかね。