ホープ軒千駄ヶ谷本店

 

新宿駅から大江戸線で国立競技場駅で下車。
当時はこの駅が無かったので、電車の場合、外苑前をよく利用してました。
(というかわざわざラーメンを食べに来ることはなかったですが)
紀尾井町に引っ越してからは、近所なので夜中にお腹がすくとよく車で食べに来てました。

いつも夜~夜中なので、朝食にここに来るのは初めてです。
場所は、バブルのころが懐かしい外苑西通りです。
あの頃、キラー通りとか言ってましたが今もそうなんでしょうか?
朝、歩いていくと、当時の懐かしい想い出が蘇ってきます。
沖田十三の言葉を借りるなら、「何もかも、皆、懐かしい」(汗)

ここに来るのは、もう10年以上ぶりになります。
ここのラーメン、背脂ギトギトでチャーシューもバラの煮豚で脂ぎってます。
うちは母親が脂が嫌いなのでラーメンもあっさり醤油の中華そば、チャーシューも
脂身のない本当のチャーシューばかり食べてました。
そんな人生で、大学に入っていきなり食べたジャンクな脂まみれラーメン!!
10代の脂を欲してる体には、センセーショナルでどはまりのラーメンでした。

いまでこそこういうラーメンは結構ありますが、当時は少なかったですからね。
タクシーの運ちゃん達にも人気で、外苑西通りはパーキングメーターに停めるのも大変でした。

先に書いたように、当初は野球を頻繁に見に行く際に食べ、野球を離れてからは近所だったので車で行ってたのですが、
最後に食べに行ったのは病院から直行した時でした。その時は、かなり重い病気で入院してました。
今では何ともありませんが、この病気は死ぬ人も多く、治っても重度の障害が残ることも多いです。
この年は、社台の応募をしなかった(万が一の時に、馬が残ると皆に迷惑をかけるので)です。
「たられば」は禁句ですが、それまでの私のパターンだと「ローズバド」を選んでた可能性が高いです。

その時、半日だけ荷物整理の為に外出許可を貰い、その時に最後(?)になるかもしれない外食として
病院から直行ででけたのがこのラーメン屋でした。当時の私には「最後の晩餐」がここでした。
それくらい好きだったラーメンで、ここに出会ったからこそ今のラーメン好きがあるのだと思います。

その後、幸い病気は全快し、障害も何も残りませんでした。
そしてしばらくして寺に修行に行き、それが終わると就職で大阪に赴任。
交通費をかけてわざわざはラーメンを食べには行かない主義なので、ここのラーメンともすっかりご無沙汰になってました。

インターネットが普及した現在、ラーメン情報サイトなどを見るとここには酷評が並んでてビックリしました。
すっかり味が変わったのか、味が時代遅れになってしまったのか…、ずっと気になってました。
それをようやく自分で確かめられます。

店食券を買いましたが、チャーシューメン950円にビックリ。
まぁ20年前と比べたら、二郎でもだいぶ値上がりしてますからね。でも確かに高いです。

一階で食券を渡して、懐かしの二階席へ。脂多めでお願いします。
店のの感じは、全然変わってませんね。一階は立ち食いですが、私はいつもこの二階で座って食べてました。

当時は珍しかったジャスミンティー。生まれて初めて飲んだのがここでした。
この脂っこさには、食後にちょうど良いんですよね。

以前と同じで、卓上のネギ入れ放題は嬉しいです。
私はどんぶり1/4分くらいぶち込むので、価格的にネギラーメン分の価値があります。
これでかなりお腹が膨れます。大盛にしなくても、お腹いっぱいです。
脂のスープに浸したネギがうまいんですよね。

いよいよチャーシューメン登場!!  そうそう、これです♪
ただ、今となっては950円となると…ですかね。当時の最大級の美味しい食事です。
このバラの巻きチャーシューが当時はこの上なくうまく感じましたが、今でも美味しいです♪
(ちなみにスープの中にも、結構チャーシューが沈んでます)

麺は少し太目。当時は凄い太く感じましたが、二郎になれた今ではそうでもないです。かなり柔らかめ。
当時はもの凄く量が多く感じたのですが、二郎のせいでメタボリック一直線の今となってはペロリと食べられます。

スープは、確かに今の流れから行くとコクが無いというか薄いというか…
これは否めません。でも、脂好きの私には十分ありです。
以前のように、途中でニンニクをいれて味を変えます。
そうでないと、脂で飽きてきますので。この食べ方を知らない人には、ここのラーメンは辛いかも。

ホープ軒との再会は、大学時代に夢中だった女の子に20年ぶりにあったって感じでしょうか。
客観的な現状はともかく、ノスタルジック等の主観的面も含めると総体的にはやはり素晴らしいデス。

確かに今となっては味も格別では無いですし、これで950円はCP的にも…でしょう。
でも、このラーメンにはかけがいの無いあの頃の青春の想い出が詰まってますから!!

「綺麗な想い出にとどめておけば良かった」ではなく、「今でもやっぱり素晴らしい」と感じられて幸せでした。