7/16 東欧旅行記8 五日目クラクフ→ワルシャワ 

・移動日

今日は、ポーランドから隣国のリトアニアに移動します
クラクフからリトアニアの首都ヴィリニュスまでは、
一泊二日でほぼ丸丸二日かかるバスも出てます。

ただもう若くないので、こういう旅は無理ですね…。
鉄道もあるのですがワルシャワまで戻らなくちゃですし(三時間かかる)、
ワルシャワ―ビリニュス間は毎日走ってる訳ではないので非常に効率悪いです。

クラクフは空港までのアクセスが良いこと、ワルシャワ空港でロスなくに乗り換えられること、
値段がそうは高くないこと(鉄道の1.5倍、バスの3倍くらい)、
時間が3時間少しと圧倒的に早いことなどを総合的に勘案して、今回は飛行機利用にしました。

若いころは極力飛行機を避けて陸路で移動しましたが、
今思えばそれは有り余る体力と時間があってできる贅沢だったんですね…。


フライトが10時なので、6時半に起床
今日もポーランドは曇りです。


7時に朝食。今日も軽めのコンチネンタルです。
食後は少しウダウダして、8時にホテルをチェックアウト。
残った10ZLをキャッシュで、残りをカードで払ってZLを使い切りました
(硬貨が20円分くらい残りましたが)


●クラクフ空港へ
まずはクラクフ駅に徒歩で向かいます。
クラクフ空港へは最近、鉄道が延びて大変便利になりました。
ほぼ30分おきに電車が出てて、わずか15分で空港駅に到着します。


まだ出来てまももないので、車両も新しいです

進行方向で座席方向が変えられず、クラクフ→空港だと殆どの席が進行方向逆でした…
チケットは車中で買え、一人6:360円です。カードが使えるかは、わかりません…。
空港駅から無料シャトルバスに乗換え、2,3分で国内線、その後国際線ターミナルへ

クラクフ空港の国内線ターミナル、
非常に小さな空港でした

ここは手荷物検査が厳重で、薬を開けられて「PL」や「征露丸」など何か聞かれました💦

ロビーにも何もなく、本当に生活の足って感じです。

●LOT 3902 クラクフ→ワルシャワ

ここから45分のフライトでワルシャワのショパン空港に行き、
45分の接続で国際線のヴィリニュス行きにトランジットします

仙台-成田便以来、久々に乗るプロペラ機でした

フライトは45分だけなので、機内サービスはコーヒー・紅茶・水だけです。
コーラもありませんでした

この飛行機、1番前が進行方向逆の対面シートになってました。
飛行機でこんなのは初めてでした

一方、ワルシャワ空港はかなり大規模でした

トランジットのターミナルを探してましたが、
ヴィリニュスってポーランド語ではWilnoなんですね、
一瞬焦りました
ポーランドと言えば「ズブロッカ」ですが、ここの大きな免税店でも色んな種類が売ってました。


これは日本にない大きなサイズのズブロッカ。
薄く黄色がかってます。(免税で39ZL:2300円)

革袋にくるまった水筒風のズブロッカもありました(免税で83ZL:5000円)


角瓶の高級バージョン(免税で239ZL:14000円)や透明のケース入り
(免税で48ZL:2900円)などなど。
買って帰りたいですが、
出国先がEU圏外では無い為に税金を取られますから、泣く泣く断念…

●ポーランド感想
 私の以前のポーランドのイメージは、失礼ながら率直に言えば偉大なドイツにいつもやられる
(アウシュビッツなど)可哀想な弱国、米語のジョークでいつも底辺の扱いを受ける弱小国でした。

その他には、キューリ夫妻とショパン、シューマン、「戦場のピアニスト」くらいでしょうか。

世界史を少しかじると、この国が必ずしも常に弱国では無い(むしろ強国の時もある)
ことが分かります。しかし、イメージとしては近現代の印象が強いですからね…。
しかも今回は時間があまりなくて下準備ができず、圧倒的な勉強不足で訪れてしまいました。
何が名物料理かも、知らずに来ましたから。

ところが行ってみると、結構イメージが変わりました
確かに農業は盛んですが、遅れた農業国ではなくて、かなり栄えてる印象です
ワルシャワなんて、ヘルシンキの何倍も都会です。
でも統計的にはフィンランドの方がずっと豊かですから、北欧の社会は本当にうまく出来てますね。

まぁポーランドNo1とNo3の都市しか見てないので、その他の農村部はきっと全然違うのでしょうが。
(昔の韓国もソウルだけは都会でしたから)

街が近代的に発展している一方で、ポーランドには中世の街並みなどの歴史的遺構も多いです
これも勉強不足ながら、予想外でした
この国には、世界有数の観光(?)資源であるアウシュビッツもあり、物価もまだまだ安い。
旅行先として日本人にはあまりメジャーで無い国ですが、旅行するのにとても良い国だと思います
クラクフとアウシュビッツをセットにすれば、旧市街も見れるしアウシュビッツも行けますからね。

ただ、日本人にとって物価はかなり上がってます。
一つは、好調なフィンランドなど北欧経済の下請けとして、バルチック諸国が好況にわいてること
ポーランド通貨での物価自体も、数年前と比較して上昇してますので
ただそれよりずっと大きいのは、為替の上昇です。
米$下落によるユーロの相対的上昇を受けての為替レート分ですね
日本人とって、為替変動と第一の要因とで、ポーランド通貨のZLが約二倍になりましたから辛いです
この両方の要因で日本人にとっての物価は更に上がってる訳です
(欧州圏の人にとっては、対ユーロでのZLはそう変わってないのでポーランドはまだ安い国なのですが)

ただ、ポーランドの経済基盤が極めてぜい弱(中国並に)なのは事実
いつかつてのアジア通貨危機やアイスランド通貨危機のように危険と思います
それでも、まだまだ他の欧州諸国に比べるとポーランドの物価は格安です
ビールなんかは今までも日本の半額くらいですので、ビール好きには嬉しいです
(ドイツより遥かに安い)
欧州らしさを味わえて、物価もそこそこという意味では非常にお勧めです!

食べ物などは、ビール同様に中欧文化圏でドイツと同じようなものが多かったです。
これも予想外でした。
ゲルマンとスラブで民族は違っても、生活文化は共通なんですね。
それでいて値段は安いので、嬉しいです。

アウシュビッツについては、今までにあまりにも多くのことを学んできたからか、
実はそれほど格別の衝撃はありませんでした。
山積みされた遺品の靴の山に、たくさんの子供靴を見つける時
人体実験された子供たちが収容されてた木造バラックの跡
人体実験の行われた棟、コルヴェ神父の餓死牢などに向きあう時
にはこみ上げるものが沢山ありますが、ここに至る前にその衝撃を受けすぎているのかもしれません
またここ以前にも、色々な関連遺構を回ってるだけに、新鮮さが無くなってるのかもしれませんね。

代わりに改めて感じたのが、日本の戦前の行為を何とかナチスと同じにしようと躍起になっている
中共の姿勢への危機意識です。「南京大虐殺」しかり、「731部隊記念館」しかり…。
日本の中国侵略にはしっかり責任を感じ、認め、真摯に謝罪しなければならないと思います
しかし、それと事実の拡大・歪曲とは別のものです。
アメリカの民主党支持者には、意図的にか純粋に、戦前の日本とナチスを同じように扱う人もいます
中共のそうした世界戦略に対して毅然とした態度を取らねば、大変なことになると強く思った次第です。
アウシュビッツと同様のことをした国とされてしまうのですから…。
「強制連行」、「従軍慰安婦」についても全く同様です。
島国感覚で「とにかく認めて謝っとけば許してもらえるに違いない」とのお花畑的発想は通用しません

日本の対米戦略一環として、長崎・広島を同様に利用するという手段はあります
しかし、それは国家の品格として日本はやるべきではないと思います

最後に、ポーランドを訪れて改めてドイツ及び第二次世界大戦について感じるところがありました
朝日・毎日系メディアによって賞賛されている「ドイツの戦争責任への対処」については、
以前から私は懐疑的でした。
韓国では「ドイツは正しく過ちを認め対応し、日本は過ちを認めずに間違った対応をしている」とされます
しかし私は、ナチスのみをスケープゴートにして彼らに全ての責任を負わせる、
自分達の責任をナチスの招来に限定するドイツの歴史解釈は、少し小賢しいと思います
ヒトラーは選挙を経て半ば合法的に政権を獲得、独国民が自らで自発的・民主的に選んだ代表なのに
(代々木系の革命戦略もこれです)
選挙権を持っている以上、その全ての同時代の有権者は、等しく責任を有するものであり、
そうした厳粛な意識が常日頃から必要だと思うのです
ヒトラーは、理想的であるとされたワイマール体制のいわば副産物、一部であるとも考えられるのですから。

司馬史観はフィクションですが、「梟の城」で豊臣秀吉の口を借り朝鮮出兵を語るくだりがあります
そこで秀吉は、朝鮮出兵は自分の意志ではどうにもならない時代の流れであり、
自分がいなくても変わりの誰かが起こさねばならないであろうと語ります
「忍者武芸帳」のテーマですね
過去の世界中の戦争の歴史を紐解けば、この「空気」の変化がどこにでも見られます
(以前に「鳥居みゆき」についての回の時に触れましたが)
というの、
その責任はその時代を生きた全ての人間にあると思います

しかし「七人の侍」に描かれるように、「大衆」は「少数派」を使い捨てながら生き抜きます
ドイツがナチスに全てを贖罪させて、再び都合よく利用するように。
ナチスの強制収用所の方針転換に際して、本当にドイツの民衆は罪がなかったのでしょうか?
見方を変えれば、ヒトラーも逆にドイツの空気に巻き込まれて行ったともとらえられる訳で
(勿論、ナチスやヒトラー肯定では全くありません)

国家戦略としては、確かにこちらの方が正しい(賢い)でしょう
しかし、これは日本の文化に合わないと思います。日本の風土から言えば、
その責任は全て上に上がって行き、真空装置としての天皇制の中で昇華されるのですが
そもそも日本のA級戦犯や天皇とナチスやヒトラーを並列で扱うことの方が問題あり過ぎですし

米ソ対立のおかげで天皇の戦争責任は昇華されました
ただ、これに対して東アジア特定諸国は昇華しきれません
未だに根強く残ってる訳です。自分達が戦勝国だと思ってますので

むしろドイツと日本の現状の違いは、日本やドイツの自らの態度によるものというよりは、
迷惑をかけられた周辺諸国の違いだと思います・特定アジア諸国とヨーロッパ諸国の違いですね。

ドイツが現在、当り前のように軍事力を持って国土と国民を守る権利を有せるのも、
第二次世界大戦以外の歴史については堂々と民族教育・愛国教育をできるのも、
国連の平和活動に参加できて結果として責任ある一員と認められるのも、

全て大人の対応をとれる周辺諸国によるものが大きいと思います。

これには、フィンランド同様に東側諸国と国境線を接するが故に、
共産主義陣営の主張の”良いとこ取り”が現実的に不可能だったという欧州の地理的状況があるでしょう
マスコミ・社会の風潮も、そうした厳しい現実を踏まえていました
海により守られる利点で、東側の都合の良いとこだけを取り上げてお花畑メルヘンワールドを構築し、
教育してきた日本との大きな違いです。
ドイツの場合、迷惑をかけた西側陣営も対ソ戦略の中でドイツを盾とする為にも対独融和が必要でしたし、
東側陣営でも同様の対独融和があったはずです
従ってドイツの場合、民族分断の不幸な歴史が、逆に統一後の周辺諸国との関係改善という結果を導きました

そんなことを色々と改めて想起させてくれた今回のポーランドの旅でした