都会のゆきおんな 【序章 遠い記憶】 | 自由気ままなパンドラボックス

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あれは俺がまだ小学生の頃だったと思う。

両親に連れられて、東北の親戚の家に泊まりに行った時の話だ。

その日は新年も明けてすぐの頃で、都会から遠く離れた親せきの家は、
真っ白な雪に四方を深く囲まれていた。

きらきらと太陽の光を反射する雪はまるで宝石のように輝いていて、
それが遥か向こうの山にまで伸びている。

まるで世界がひとつの芸術品のようにさえ見えるその光景に、
当時の俺は子供ながらに魅了されていた。

それでも子供は子供だ。

都会育ちの俺は、始めてみる自分の背丈よりも高い雪に興奮して、
およそ知る限りの雪遊びをした。

雪合戦、雪だるま作りにかまくら作り、雪ソリにスキーは当たり前で、
意味もなく歪みひとつない雪のクッションへ体を沈めてみたりした。

そんなんだから、次の日にはすっかり体調を崩し、
39度を超える熱を出してしまった。

俺は客間に敷いた布団に寝かされ、小さく息を吐きながら熱と戦っていた。
部屋の窓から外を伺うと、分厚い雲が空を覆い、綿埃のような小さな雪を無数に降らせていた。

雪が音を吸収して、ひどく静かだったのを憶えている。

さっきまで襖の向こうから聞こえてきた大人たちの会話も、今は聞こえない。

まるで別の世界に唯ひとり取り残されてしまったような寂しさに、
俺は布団を頭から被って泣いていた。


すると、誰かが歩いてくるパタパタという音が聞こえてきた。

廊下へと続く、襖が静かに開かれる。

俺は両親か親戚の誰かが、具合を診にきてくれたのだろうと思っていた。
しかし、聞こえてきたのは聞きなれない女性の声だった。

「あら、坊やはこんな時間まで寝ているの?」

とても透きとおった、耳に心地良い声だった。
まるでガラス細工の風鈴が、風を受けて静かに鳴っているような澄んだ声色に惹かれて、
俺は布団から顔を出した。

「坊や顔が赤いね。風邪かしら」

そこには見たことのない女性が立っていた。
淡い青の刺繍が入った純白の和服を着こなし、きれいな黒髪を頭の後ろに結っている。
着ている和服にも負けない白い肌、顔はまるで人形のように整っていて、
まだ恋心すら知らない少年だった俺にも、目の前の女性が凄い美人だと分かった。

「お姉さん、だれ?」

少なくとも、この家に住んでいる親戚の誰かではない。
そんな疑問を口にする俺に向かって、目の前の美女は魅力的に微笑んだ。

「お姉さんだなんて。坊やはお世辞も言えるんだ。偉いね」

そう言って、彼女は俺が寝た布団の横に座る。
距離が少しだけ近づいて、俺は緊張していた。

「だって、お姉さんすっごく美人なんだもん」

どきどきしながらそう言うと、彼女は白いきれいな手をそっと俺の額に乗せた。

冷たい手の感触が、火照った肌に気持ち良かった。
しばらくそうしていると、徐々に体の火照りも治まり、あれだけ辛かった体が楽になっていく。

俺は目を瞑って、額に触れる彼女の手の冷たさに感じ入っていた。
柱に掛けられた時計の音と、俺の呼吸の音だけが部屋に木霊する。

そして、熱から解放された俺の下に、今度は睡魔が襲いかかってきた。
次第に意識が薄れていく。

彼女の手がゆっくりと俺の額から離れ、そのまま彼女が立ちあがったのを気配で感じ取った。
現れたときと同じようにして、襖の向こうへと彼女が去っていく。

俺は彼女ともっと話をしたかったのだが、薄れゆく意識の中でそれは叶わなかった。
ただ最後に、眠りに入る直前に、彼女の鈴の音のような声を聞いた気がした。


「大丈夫よ。坊や。明日にはまた元気に遊べるわ」


俺が目を覚ましたのは、その日の夜遅くだった。

心配する母親をよそに、病状は一転して回復していた。
汗まみれになった服を替えてくれている母に向かって、俺は昼間に会った女性のことを聞いてみた。
しかし、母親はそんな人は知らない。夢でも見たんでしょ。と、まったく取り合ってくれなかった。

次の日、俺と両親は予定を切り上げて家のある関東へ帰ることとなった。
荷物を車に運びながら、ふと横を見ると、風邪で寝込む前に作った雪だるまが視界に入った。

出発するぞ、という父親の声を無視して、俺は雪だるまに駆け寄る。
一時間以上もかけて作り上げた、子供が作ったにしては大きな雪だるまがこちらを見てる。


その横に、一回り小さな雪だるまが並んでいた。


自分が作ったのではない、可愛らしい顔をした雪だるまが、大きな雪だるまに寄り添っている。

俺はその雪だるまをしばらく見つめると、急かす両親の元へと駈け出した。
父親に背中を押されるようにして車に乗った俺は、昨日出会った謎の女性のことを思い出していた。

両親が親戚に別れの挨拶を済ませると、車はゆっくりと走り出す。
車の窓から見える雪だるまが次第に離れていくのを見ながら、俺はなんとも言えない寂しさを覚えていた。



――あれから随分と時間が経った。

俺も今年で17歳になる高校2年生だ。
それでも、俺は小学生のときに体験したあの出会いを忘れたことはなかった。




だけど・・・・・・俺はあれから一度もあの場所を訪れていない。



(次回に続く)