「教える人」と「教わる人」のレベル差は大きくない方が良い。 | 俺流!「生きる力」の英才教育

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今の社会は「生きる力」が問われる社会になりつつあると確信しております。
この社会で通用するよう、自分の息子をどの様に育ててきたか?また、これから、どの様に育てていくのか?を、私自身の取り組みを交えて残していくつもりです。

こん○○は。


本日は、「教える人」と「教わる人」のレベル差のあり方について、
ご紹介したいと思います。

というのも、昨日、私のサラリーマンとしての
業務の中で、改めて感じたことが有ったからです。

これ、たまたま、私のサラリーマンとしての
業務の中で起こり、改めて感じた事がトリガーですが、
普通に生活する上でも注意した方が良いことですし、
子供の塾の場合とかでも当てはまりますので、
色々、考えを巡らせながら読んで頂けると
ご自身の身の回りのことに応用できると思います。

まず、私の身の回りで何が有ったか?について、
ご紹介しますと。。。

私と同僚、その後輩の3人で話をしていた時のことです。

私と同僚は、同等のスキルがあります。
しかし、その後輩はそこまでスキルがありません。

ま、後輩ないので、当然と言えば当然ですが、
私と同僚に比べて、だいぶ、スキルが落ちます。

その3人で話をしており、3人ともチャンと話に加わり
会話をしていたにも関わらず、話が終わった後に確認すると、
私と同僚に比べてその後輩は明らかにその時の話が
理解できていない事が後から判明しました。

これ、後輩の理解力が乏しいのでは?という見方も出来ますが、
私と同僚のスキルレベルに対して、その後輩のスキルレベルが
低すぎた事が原因で、私と同僚の会話の深さが読み取れなかったようです。

つまり、3人で同じだけの同じ時間を共有したにも関わらず、
後輩は吸収出来た事が極端に少なかったということになり、
時間のムダだったという事です。

スキルとは言っても、特に専門用語バリバリの話をして
単語そのもの意味がわからないとかいう話ではなく、
何の話をしているのか?は理解しているけれども、
その裏に隠れている前提条件等が全く認識できないまま、
打ち合わせが終わってしまったということです。

これと似たようなことって、実は結構あります。

一般社員と課長が話をすると、チャンと話が通じる。
しかし、一般社員と部長もしくは役員が話をすると、
なかなか、伝わらないという感じです。
もちろん、ここでの前提は、それなりに実力のある部長や
役員であることが前提です。

これも一種の「レベル差」による理解度の不一致です。

役員は役員レベルのレイヤーでの知識や情報を持っているが、
一般社員は一般社員レベルレイヤーの知識や情報がベースなので、
噛み合いません。

その時は、役員が意識してレイヤーを下げて話をしなければ、
会話はなかなか成り立ちませんが、意識してレイヤーを
下げた会話が出来る人はなかなか居ません。

と、こんな事が中学受験向けの学習塾の中でも、
普通に起こります。

例えば、SAPIXのα1(最上位クラス)を教える先生は、
α1の生徒を教える際に、α1の生徒に対してこと細やかに
教えず、端折りながらスピード重視、もしくは、難易度の高い
ものを中心に授業を行います。

もし、その中にまぐれでα1に入ってきた生徒がいると、
土台が違うので、間違いなく落ちこぼれます。
それを補うために自宅学習をしたりする方法もありますが、
レベル差があり過ぎると、α1での授業は時間のムダになっている
可能性が高いです。

もっとダイレクトな例としては、東大になんなく合格した様な
レベルの高い人は、レベルの高い生徒を教えることは
問題ありませんが、そうでない生徒を教えても生徒が
理解できません。

なせなら、東大になんなく合格した様なレベルの高い人は、
自分自身のレベルが高いため、そうでない生徒が解らない
ポイントを理解出来ないためです。

そう、レベルの高い人の尺度で「当たり前」的な部分は
わざわざ説明しませんが、レベルの低い生徒からすると、
「当たり前」ではないため、話が端折られ過ぎて
理解が出来ないのです。

「掛け算が出来て当たり前」の前提では、その答えを出すのは
たやすいので、掛け算に関する詳細な説明はしませんが、
掛け算が微妙な生徒には、「3人がりんごを2個づつ持って・・・」
的な話からしなければ、理解が出来ないのです。

という事で、塾を選んだりする際は、単純に「難易度が高い
学校への合格率が良いから」とかだけではなく、まずは、
自分の子供の現状のレベルに合った塾を選ぶ事が
一番大切なことでは?と考えるわけです。

今回、「教える側」と「教わ側」という関係で説明しましたが、
これ、友人関係などにも言えることです。
この事を意識しながら友人と接したりすることにより、
より良い関係を気づける友人に出会えるのでは?と
思います。