学校の先生を招いての懇親会
学校コミュニティに文化資本を蓄積する。
このための活動をポツポツとしている。
今回は、懇親会に学校の先生をお招きした。
数年前、師範学校を卒業して教師(最終的には校長先生)になった方の看取りに立ち会ったことがあった。
この方は、亡くなる数日前でも『背筋がピン』としていた。
この姿勢について、芯から師範学校の教育を受けた賜物なのだと感じた。
(ここでは師範学校の教育の良し悪しを論じない。)
師範学校があった時代は、学校の先生が文化資本の頂点のひとつだった時代だったと思う。
その頂点にあるという意識が、亡くなる数日前でも背筋の姿勢になって現れていた。
この方は、認知症で多くの記憶・動作が失われているにも関わらず、最期まで姿勢が崩れなかった。
現在、学校の先生が文化資本の頂点にあるか?
これはなかなか難しいことだと思う。
一般に文化資本を身につけるためには、たくさんのお金が必要になる。
学校の先生が、そのために十分な給与を得ているとは言えない。
私立学校を良い学校にするためには、学校の先生の持つ文化資本も重要な要素になる。
今回の懇親会は、良いきっかけになったと思う。