鬼滅の刃「大ヒット」から感じた社会の変化

 

 

 

鬼滅の刃をはじめてみたとき「社会の文脈が変わった」と感じた。

当時、これがヒットしているのは意外に思えた。

そして、その後これが大ヒットしていった、かつ子供に大ヒットしている。

2020年は社会の文脈が大きく変わった年になったと思う。(2020年に世界線が移動した)

 

 

2010年代、「ODDS&ENDS」という曲が長く支持されていた。

この曲には「氷河期の病・ゆとりの病」に対して、わずかな優しさ(わずかな希望)が残っていた。

まだ、社会にわずかな余力が残っていた。

2020年の「文脈の変化」では、これが無くなってしまった。

「勝ち組」と言われる人まで酷く削られるような社会になってしまった。

失われた30年の間、都合よく使い倒されてきた氷河期世代は、これから鬼として滅せられるようだ・・・。

社会に氷河期世代を救済する余力は無いと決定されたことを「大ヒット」が教えてくれた。

 

 

 

同じような考察をしているひとがいないか検索をしていると、「『鬼滅の刃』を読む~この残酷な世界の中で誰もが鬼にならずにすむように」という記事を見つけた。記事から一部を引用した。

 

私は以前、ある若い人から、人生なんてクソゲーで、残機一機でリプレイ不可、ガチャに失敗(親ガチャとか学校ガチャとか)してもリセマラ禁止――という表現で自分の人生を語るのを聞いたことがありますが、思えば、『鬼滅の刃』の上弦の鬼たちとの戦いは、おおむねそんな感じがします。ステージごとに攻略方法が違うレイドバトルだけど、悉くクソゲーである、というか。もしかしたらそれは、やはり、クソゲーとしての現代というリアルを写し取っているのかもしれません。

 

 

今の子育ては、こんな難易度設定だと思う。

そして当事者の子供達は、幼くしてこんなに困難な環境(頑張ってもダメかもしれないけれども頑張る社会)を受け入れている。

子供達は、氷河期世代以上に苦しい環境に向き合う覚悟ができている。氷河期世代は、いつまでたってもその覚悟が出来なかった。そして鬼になってしまった。

これから社会が目に見えて変化していくと思う。弱りすぎた日本は、だらだらと失われた10年の4回目を続けることは出来なくなった。

良くなるのか?悪くなるのか?知らないけれども。