年齢と母語の形成について

 

 

 

 

この本に、著者のブレイディみかこ氏が自身の子供(小学生)と「人権」について会話をしている、シーンが出てくる。

ブレイディみかこ氏は、日本生まれ日本育ち、イギリス生活中。

ブレイディみかこ氏の子供は、イギリス生まれイギリス育ちだ。

 

 

 

ここで登場する小学生の子供は、とてもよく人権を理解している。

一方で私の人権に対する理解が、この水準(小学生の子供と同じ水準)に達したのは、法律に長く関わった後のことだった。

そしておそらく、私は法律に関わっただけでは、この水準(小学生の子供と同じ水準)に到達できなかった。

実際に日本の法律家(の活動)や裁判官(の判例)をみても、ブレイディみかこ氏の子供(小学生)ほどに「人権」を理解している人はいない。

 

 

ブレイディみかこ氏の子供(小学生)があっさりと理解できた「人権」を、日本の法律家や裁判官が理解できていない。

私はこれを、母語の違いに原因があると考えている。

(法律を学んでいるが法を学んでいないためという原因もあるが、これだけでは小学生未満であることを説明できない。)

 

 

日本語と英語を比較したとき、英語では「主体」(主語)に重きが置かれるが、日本語ではしばしば主語が省略されてしまう。

この英語の「主体」をはっきりさせるという機能は、実は「人権」や「イノベーション」「資本主義」との相性が良い。

この本(中動態の世界)を読みこなせれば、この指摘の意味がよくわかるとおもう。(この視点から「GAFA」のような状況、日本企業の衰退を上手く説明することも出来る。

 

 

 

 

 

「グローバル化・・・」「リーダーシップ・・・」「イノベーション・・・」という話をしたとき。

これらは日本人の苦手なこと、課題、とされている。

しかしこれを言語(母語)の視点から考察していくと、とても根深い問題で、そんなに簡単に解決できない問題だ、ということがわかる。

おそらく「英語が出来ればグローバルに活躍できる」などということにはならない。

 

同時発達バイリンガルの子供を見ていると、「主体」(主語)に重きを置いた考え方は、すでに2歳後半から観察することが出来た。

これは、バイリンガル子育てをする以前に考えていたよりも、とても早い時期だった。

いわゆる「グローバル化・・・」「リーダーシップ・・・」「イノベーション・・・」のようなことを理解するための準備は、この年齢(基本的な文法を身につける2歳頃)からスタートしているようだ。

ブレイディみかこ氏の子供(小学生)があっさりと「人権」を理解できたのは、このような下敷きがあるためと考えている。

 

 

バイリンガルに育てて「グローバルに活躍できる人材」という話になったとき、実は押さえていかないといけない論点というものが、たくさんある。

これらがなく英語だけ話せても引き続き「グローバル化が苦手」「リーダーシップがない」「イノベーションがおこらない」等々という状況が、相変わらず継続していくことになる。

 

 

これを具体的な話に落とし込めば「(英語は達者だが)就職できない」という話になる。