「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」

 

 

 

この計画で文科省は「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能の育成を目指している。

文科省は、高校卒業段階で英検2級~準1級の英語力の獲得をその目標に設定している。

今回は、これを題材として、前回のブログで考察した「リソースの分配」について考えてみる。

 

 

0~5歳まで人為的に作った「日本語環境」「英語環境」で育った子供を見ていると、この先、「過度な英語教育による失敗」(ダブルリミテッド等)がなければ、英検2級の英語力獲得は、難しいようには思えない。

現状(5歳)でも、試験の訓練をすれば英検3級に合格すると考えられる。「聞く」「話す」が出来る状態で、このまま日本の小学校・中学校・高校で英語の「読む」「書く」を勉強すれば、特別なことをしなくても英検2級レベルに到達するようにみえる。

私立文系大学の大学受験を想定した場合は、受験へかなり余裕のある対応が可能だと思う。

 

 

一方、幼少期(小学校入学前)に「聞く」「話す」の能力を獲得できていない場合は、どうだろうか。

ここまでのこのブログでの考察を前提にすると、グローバル化に対応した英語教育改革実施計画の実行で「聞く」「話す」を机上計画のとおり伸ばしていくことは無理だと思う。現在の受験英語と比較したとき「聞く」「話す」に、ほぼ改善が無いというのが現実的な結果だろう。

結局これまでと同じような受験英語の「読む」「書く」の勉強をベースにして、「聞く」「話す」が苦手なまま、英検2級の英語力を獲得していくことになる。

私立文系大学の大学受験を想定した場合は、やはり受験(英語)にしっかりと取り組む必要があると思う。

 

 

 

0~5歳まで「日本語環境」「英語環境」の2つの環境で子供を育てることに、まったく危険が無いかと問われると、ある程度の危険はあると回答することになる。

しかし、ここを上手に乗り越えたとき、大学受験に対する時間的な余裕という点では、かなりの差になると思う。

ここで節約できたリソース(時間)を他に有効活用すれば、子供の将来は、かなり違ったっものになる。

文科省の目指す「グローバル化に対応した英語」という部分は、本来、こういう意味(英語により可能性が増えるという意味)だと考えている。

 

 

 

 

ちなみに、このリソースの有効活用をするとき、「自己肯定感」(レジリエンス)が育っていないと、リソースは宝の持ち腐れになってしまう。

私は0~5歳の育児でもっとも難しいのは、実はこの点『「自己肯定感」(レジリエンス)を育てること』ではないかと思っている。

 

失われた20年間とは、日本が豊富に持っていたリソースをうまく活用できないまま衰退していった20年間だ。

数年前、誰かが「日本には必要なものが何でもある。ただ熱意だけがない。」と言っていた。

 

他にも「自己肯定感」(レジリエンス)の低さに起因する問題は、いろいろとあげることができる。