
このタイトルを見て、ははん、彼はゲオルギー・イヴァーノヴィッチ・グルジェフの『全體と全ての個體』を意識してゐるな、と勘ぐつた。
卷頭スグに、「平成は宇宙の新年」なのだといふ。私の勝手な解釋によれば、「地獄の釜の蓋が開いた」といふことではないか。宇宙の靈的ヒエラルキーの、中間部分、緩衝地帶が取り拂はれる。(私はこれはワールド・ワイド・ウェッブの形成と關係があるとみる)つまり、最高神にも、地獄にも、アクセスが容易になるのだ。「意馬心猿」「感應道交」「思ふところがそのまま現実となる」世界とは、恐ろしい世界なのだ。
WWWが未だ姿を見せる前、私はそれを映像(イマージュ)と理解してゐた。理念として可能な、だがあくまで理念にすぎない「イマージュの巨大なアルシーヴ」を「輪廻」「虚空蔵」「アーカーシャ年代記」「エーテル宇宙誌」などのオカルト的なイメージとして理解した。
ところがWWWは、それをひとつの現実にしてしまつた。これこそが、平成が新時代であることの根拠なのではあるまいか。