1)今朝の読売新聞の一面に「はびこるポピュリズム(補足1)」というコラムが掲載されている。その記事には、“英国での国民投票の結果は、ヨーロッパ各地で広がりつつある極右政党の勢力拡大の流れに拍車をかけるだろう"と書かれている。そのコラムニストは、“彼らのスローガンは、「反エリート」「反移民」「反EU」である。社会の特定の階層や組織を敵視し、響きの良い言葉で現状に不満を持つ国民の共感を集める、ポピュリズム「大衆迎合主義」に他ならない。”と書く。
 
更に、“その背景にグローバル化があり、その流れに乗った勝ち組と乗り遅れた負け組の差が鮮明になっている。OECD2015年の調査によると、先進国で所得が多い上位10%と下位10%の所得格差は10倍となり、1980年代の7倍から拡大したという。しかし、ポピュリズム勢力が、暮らし改善の具体策について支持を得ているわけではない”と記している。
 
そして、フランス国際関係戦略研究所のカミュ研究員の言葉を引用して、“「感情の民主主義、感情の独裁が出現する恐れがある」”と結んでいる。
 
2)似たような記述は、多くのサイトに書かれている。しかし何か一方的な批判の様な気がするので、敢えて「むしろ感情の民主主義に走っているのは、EU離脱派を批判している側かもしれない」という見方を書いてみる。(補足2)
 
上記コラムニストの、「EU離脱派や反エリート支配を主張する彼らは、社会の特定の階層や組織を敵視し、響きの良い言葉で、現状に不満を持つ国民の共感を集める。ポピュリスト「大衆迎合主義者」に他ならない」という批判は妥当だろうか。

先進諸国は普通、民主主義国家と見なされるが、異なる幾つかの政治的経済的階層が存在することは事実である。また、いろんな組織がそれら諸階層の利益を追求すべく存在するのも事実である。従って、非エリート層側に立つ政治家が、エリート層という特定の層と、その利益を追求する組織としてEUがあると考えるのなら、そのEUという特定の組織を批判して、大衆の共感を集めることが何故批判されなければならないのか?

大衆の感情に訴える演説などは、日本の国会議員の選挙などでも普通のことである。下層民は、移民が多くなれば仕事を奪われるので、移民を受け入れるべきでないと考えるだろう。従って、反移民の演説も何の不思議もない。同様に、EUから脱退すべきであるという考えは、移民との関連で出てきて当然だろう。
 
「ポピュリズムは批判されるべき」というエリート層に響きの良い言葉で、(下層民の団結を恐れる)エリート層の共感を集めるのは、グローバリストやそれを支持するこのコラムニストの方ではないのか?
 
もちろん、EU離脱派が無責任な人気取りだけの言葉で大衆の票を得て、結局国家の為にも大衆のためにならない結果に終わることになれば(そのような結果に終わることが明白なことなら)、批判は当然である。しかし、その場合も”EU離脱派はポピュリストである”という感情的な反論ではなく、論理的具体的に非難すべきである。

つまり、反エリート、反移民、EU脱退が、結局大衆(ピープル)のためにならないことを論理的に説明しなければならない。それが無い以上、EU離脱のチャンスを潰すために、EU脱退後の長期の不景気という無責任な予測で、大衆の恐怖を煽っているという批判もあり得るのだ。
 
実際、離脱派のボリス・ジョンソン氏はかなり深くこの問題を分析して、英国に勝算ありと思っていたのではないかと言う人もいる。http://diamond.jp/articles/-/93364?page=1 上記記事では、EUに代わって巨大な英連邦経済圏をつくり、その中の中心になって経済及び政治運営をするというシナリオもあり得ると書いている。
 
EUが弱体化して、日本や米国などがその余波を受ける可能性が高いので、世界に混乱を持ち込んで欲しく無い。しかし、それは英国の直接的事情ではない。もちろん、その影響が反射して英国にも深刻な問題を起こす可能性はある。しかし、もっと長期的視野で英国の関係者がこの問題を考えているとしたら、他の国ができるのは英国と英国のEU離脱派の批判ではなく、如何に自国の被害を最小限にするかということだろう。

補足:
1)ポピュリズム(populism)はpeople (ラテン語populus)ismからなる。
2)私は、昨日のブログにも書いたように、EU離脱の国民投票を公約にして選挙に臨んだキャメロン党首を批判する側である。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42857181.html このような文章を書くのは、批判も正鵠を得たものでなければ、正しく作用しないと思うからである。

 
1)人間は利己的且つ社会的動物である。天下を取って、多勢の人間を支配下に置き、宮殿にすみ快楽のままに生きるのが、本音の目標である。豊臣秀吉や徳川家康の立派な宮城や離宮、そして多勢の女官を置いた後宮などを見れば明らかである。ごく最近では、舛添都知事が遥かに小さいスケールだがそれを実行した。都庁は宮城であり、湯河原の別荘は離宮であった。多勢を従えてのリオデジャネイロへの行列も、結局”殿”が失脚すれば中止せざるを得ない。
 
その様な目標設定は、道徳や宗教などでごまかされない、並より上レベルの知性を持った者の多くのライフスタイル設定である(補足1)。その意味で、舛添氏はそのレベルの知性を証明した。大統領や首相の地位は、世界各国での”立身出世”の頂点であったが、それが今や多くの先進国では頂点ではなくなったと言っていい。飛び抜けた知性と勇気を持った人間の目指す目標は、グーグルやマイクロソフトレベルの会社の創業者の椅子になったからである。暗殺の危険に身を晒し、方々で味噌糞議論の対象にされ、倒産間際の中小企業社長の給与と変わらないレベルの待遇でもなお、世界の平和という目標と世界的知性が同居するとは思えない。

地位と名誉と待遇は、強い相関を持って然るべきであるし、ほとんどの人はそう理解する。
 
2)先週、EU離脱に関する国民投票の実施を決めた英国のキャメロンとかいう首相の無能さに呆れた。そして、もっとデカイ国の大統領選挙の様子などをみると、これらの国の政治は地球全体に影響を及ぼす筈だが、それよりかなり小さい世界での出来事のように思える。日本の野党党首の支離滅裂な言葉を聞くごとに、国家(政治)のトップを争う人間が小さいのは、日本特有の現象だと思って嘆いていたが、実際はそうではないようだ。名実ともにその国のトップに位置するのは、ロシアや中国だけではないのか。(中国でも政治家の地位低下は、時間の問題かもしれない。)
 
先週の実業界での大きなニュースはソフトバンク副社長だったニケシュ・アローラ氏の退任だった。ソフトバンクに在籍したのは一年間余りで、手にした報酬は200億円以上だろう。グーグルで2012年に得た報酬の50億円を遥かに超える高給で迎えたのだが、孫正義氏の経営方針とは合わなかったようだ。その孫氏の資産は1兆円を超える。米国では、ビルゲイツ氏のように8兆円を超える資産を持つ人もいる。彼らは終身膨大な資産と世界的名誉を保つだろう。
 
ニケシュ・アローラ氏の高いサラリーマン役員としての給与も、米国では棒を振り回して毎年数億円の給与を得る人間がたくさんいるのだから、びっくりするには当たらないだろう。孫会長の給与は数億円レベルだろうが、配当利回り最低のソフトバンクの株配当だけでも、毎年90億円以上の収入はあるのだから。(補足2)
 
現代では、米国大統領と雖も8年間過ぎれば、そのような資産も名誉もない人がほとんどだろう。これから青年期に入る優秀な子供が、どちらになりたいか? 日本の元総理のみっともない姿を見なくても、答えは明白だろう。

補足:
1)この文章に異論がある人が非常に多いだろう。「なんというコセコセした理屈だろうか」そう思う人がほとんどだろう。それは自分に無関係だから、カッコイイ考え方に洗脳されているだけだと思う。
「国民の将来を犠牲にした政界の権力闘争は何故存在するのか?」を考えて欲しい。例えば、英国保守党のボリスジョンソン氏が何故EU離脱派を支持したのか?移民受け入れに賛成だったはずだ。http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20151019-00050591/ 結局、自分が首相になる最後のチャンスを掴みたかったからだろう。政治家のほとんどが国家の為と自分の名誉とが衝突した場合、国家の為のストーリーを自分の名誉に合う形に歪めて主張するのだ。
2)「実力で稼いでいるのだ」という人も多いだろう。しかしその舞台は、この地球という奇跡の星の上に、過去数百億人以上の人間によって築かれた現代文明の上に存在し、その事業は、現代生きている人間数十億人を背景にして存在する。演劇の興行収入全てを取る権利が俳優に無いように、創業者と雖も、その企業の収益を全て自分のものとすることは本来おかしい。

英国の国民投票の結果が出たので、今日は久しぶりに時事放談での議論を聞いた。ゲストは、武村正義氏と丹羽宇一郎氏である。司会は御厨貴氏。英国のEU離脱の件、すでに二度ブログに書いた。大事なことを国会ではなく、国民に直接聞くという愚かなことをキャメロン首相(保守党党首)が行ったという結論は二つとも同じである。
 (以下、放送での発言等は普通の表示で、私の考えはイタリックで表示した。)

1)英国の国民投票の結果について:
丹羽氏は「若手が残留で老年層が離脱という分裂があった」こと、そして、「二年間の間に形が決まるのだから、世紀末のように狼狽してはいけない」と指摘した。

この若手と老年層の分裂は深刻であり、livedoor blogにとりあげられていたので、ここに引用する。http://blogos.com/article/180956/ 学歴で分布をとると大学卒の人は大部分が離脱反対で、それ以外低学歴の人は離脱派が多い。しかし進学率が、年齢が低くなるに従って高くなれば、年齢依存の焼き直しの可能性がある。この補正がないので、この依存性が学歴によるのか年齢に依存する何によるのかについての解釈はすぐにはできない。
 
武村氏は、「世界中にグローバリズムに対する嫌気が世界を覆っている。強い中国、強いロシアという習近平やプーチンの姿勢もそれと共通している」と発言。

しかし、この問題をこれだけで終わる氏の発言には全く面白みがない。グローバリズムは世界の趨勢であり、それは評価すべきである。ただ、グローバリズムを急ぎすぎることに問題があるのだ。EUについては、なぜ東欧圏を早々と組み込んだのか?そこにどこか他の国の力が働いていたのではないのか、2004年に東欧圏を含む10ケ国を加入させるときどのような議論がなされたのか。そこが問題の核心であるが、そのような議論は皆無だった。
 
丹羽氏、「貿易はゼロサムであり、英国とEU間の貿易が減れば、中国と英国の貿易が増えるのでは。IMFが、英国のGDPが5%減ると予測しているが、英国などの大人の国は、そのマイナスを補填する知恵を出すので、そのようにはならないだろう。イタリアでの離脱議論が強まるのが、いやな雲行きである」と発言。同時に、円高に対する議論では丹羽氏から、「ポンドの狼狽売りの所為で乱高下するが、落ち着いて対処すべき。(離脱後の条件決めは)二年間の話なのだから」という指摘があった。
 
おっしゃる通りで、他国への波及が今後の大きな問題であると思う。二年間で話がつかなければ、話し合いは延長となり、おそらく5年くらいの長期の話になるのではないかという予測もある。

保守党のキャメロン首相の責任に関する言及が全くなかったのは不思議であった。民主主義が衆愚政治に堕落する危険性についても議論がなかった。この件、昨日午前中のウエークでもあまり議論がなかった。唯一、橋下五郎氏が国民投票を約束して選挙に勝った保守党の手法について、おかしいという指摘があったのみである。短い時間なので、難しいかもしれないが、本質的な議論がなされないのが、いつもこの番組をみて残念に思うことである。
 
2)参議院選:
話はすぐに、参議院選に移った。武村氏は、「争点は経済政策や年金医療であり、憲法改正などは3-4番目の問題だろうと指摘した。その経済政策について、安倍政権の消費税増税延期は約束違反である。さしたる理由もないのに、消費税増税の信を問うというのはおかしい」と発言。
 
丹羽は、「何を目標に選挙をやるのか焦点が定まらない」とまず発言した。そして、「消費税の増税延期を二回もやめるというのはおかしい」と発言。それを受けて武村氏は「さしたる理由がないのに再度延期するのは、リーダーの信用問題に関わる。アベノミクスが失敗したというのなら、そういうべき。肝心な経済構造改革は全く進んでいない」と発言した。
 
世界経済が、大混乱になろうとしている今、このような呑気なことをいう人たちに政治経済を語る資格があるのだろうかと思った。安倍総理のリーマンショック級のことが起これば、消費税増税延期はあり得るという発言は、前後するが英国のEU離脱の国民投票の結果が出た今、裏書きされたと思う。
 
消費税増税がなくなれば、社会保障の財源に困るだろう。現在、国と地方を合わせた借金は1062兆円に上り、社会補償費は1兆円/年で増加する。それをどうするのかは確かに大問題である。

武村氏は「消費税2%で5兆円程度の税金が減る。それでも社会保障を予定通りやるというが、その理屈はおかしいと思う。財政再建がめちゃくちゃになる。プライマリーバランスなどできっこない。消費税を議論してほしい。」というが、不景気になり法人税や所得税などの減少分が5兆円を越えれば元も子もない。そんなこと御構い無しである。
 
丹羽氏も続いて、「社会保障と国債費、国防費で税収と同じ。34兆円ほど新しい借金をやらないといけない。消費税増税を中止しては、財政はもたない」と発言した。
 
これらの発言については、消費税増税の経済へのマイナス効果をすこしは考えているのだろうかと不思議に思う。安全資産として何かあれば円が買われる。それは、多少国家が借金を新たに増加しても、通貨の信用が保たれるということである。その原点を全くお二人は意識していない。
 
多くの人がヘリコプターマネーを議論しているのに、この種のクラシックな意見だけを開陳するのでは、日曜の朝から番組を見る人に失礼ではないのか
 
3)その後都知事の問題に移った。
武村氏「本来立派な人だと思うのに残念。庶民の常識を理解されていなかったというのは不思議である。当然やめるべき」と舛添辞任について発言した。
丹羽氏も「ちまちまして、品性下劣で、逃げようとするのも更にそれを上塗りしている。もっと潔くすべき」、更に、「知事として論外。こんな話は記事にも書かなくて良い」と切り捨てた。

この点でもブログで書いた。誰が議論しても変わらないだろう。しかし、舛添氏をこのようにしてしまったのには、都議会や都庁の責任もある。それについては、youtubeで佐藤優氏が「闇金の存在」を仮定して、言及している。 この点も年寄りの愚痴レベルであった。

新知事としては:
丹羽氏は「自分を捨てて社会のために仕事をするのだという人を選んでほしい。
櫻井元次官が話題になっているが、子供が有名なだけでは問題外。自分が命をかけてやるという人がでてこないと」と発言。一方、武村氏は「自薦より他薦が良いと思う」と選挙の根本が分っていないような発言があった。
 
丹羽氏の命をかけてやるという人が出てこないといけないというのは、理想論である。しかし、一度そのような人がでてきたことがある。元大阪府知事の橋下徹氏である。丹羽氏はそして日本国民は、橋下氏を評価したのだろうか?最後の、武村氏の意見は、最悪である。