1)真実の言葉が消えた世界

 

今の世界には、真実を照らす光はない。知性ある個人は、強烈なフラッシュ光の中に蠕く何者かを見ながら、物陰に身を隠して、何が真実で何が幻影かを考え込む。

 

そして思い当たるのは、この世界には三の巨大な存在があり、現在それらが三つ巴を為しているということである。その世界は単純ではなく渦をなし、その中で真実は正当な概念としての地位を得る根拠を失っている。何故なら、真実とは正邪二者の対立の中での概念であり、三つ巴の世界で真実を探し出すには、世界を対立の図式に戻さなくてはならない。

 

つまり、我々は三つ巴の世界を生きるための高効率の言葉を持たない。それらは、「一党独裁国家、株式会社、民主主義国家」の三つである。これらが創る三つ巴の世界での、分かりやすい“価値座標(価値ベクトル)”は、何通りか存在するかもしれない。(補足1)その一つは、「正と邪とお金」だろう。「お金」という新たな価値基準が社会に誕生する前に、我々の言葉の骨格は出来上がっていたのだろう。その結果、「お金」を上手く組み込んだ言葉が出来なかった。(補足2)

 

新たな次元(お金)の出現により、我々は二次元の価値空間の世界に生きることになった。「敵と味方」つまり「正と邪」だけではなく、「富と貧困」を同時に考えなくてはならなくなったのである。(図参照)繰り返しになるが、その思考に、現在の言葉は上手く出来上がっていないのである。

 

何とか考え出した別の価値軸の言葉が、「冨と貧」であり「清貧と貪欲」の対などである。これらは、ほとんどお金の「プラスとマイナス」のベクトルに一致するようであるがそうではない。何故なら、貧や清貧には「正」が、冨や貪欲には「悪」が混入している。

 

実際、このお金の座標を無理やり「正と悪」に一致させた考えもある。この事実そのものが、我々の言葉が「お金」という新しい独立座標に対応していないことを証明している。

 

 

2)世界の混乱の中心は米国の政治にある

 

現在の世界政治の混乱を、米国と中国共産党の国との対立の所為だと見る人は多いだろうが、それは間違いである。その渦の現場は、米国である。米国が中国共産党に強く影響されたメディアや政界などから、「お金」という次元を副次的として独立座標から排除したとき、米国の政治は本来の保守と革新を取り戻し、真実が復権するだろう。

 

つまり、もし民主国家の米国が、株式会社(金融資本)を下位の存在として抱き込む事ができれば、正邪の世界は復活し、真実も復権するだろう。(図参照)歴史は、そのような価値をめぐる戦いとして記録されてきたと思う。

 

ここで、保守と革新は、共存不可能な対立関係ではなく、議論ののちに止揚を経て共存するための関係である。(補足3)

 

その正常な動きを邪魔するのが、株式会社の中の金融亡者達や、その手先となっている昨日言及したユダヤ系の老人である。世界を悪の海と考えれば、お金は人々を救う唯一のボートなのかもしれない。しかし、その海を満たしているのは、人類のココロなのだから、人類など滅亡した方が神の正義に叶うことになる。我々日本人は、そのような神話の巻き添えとなってはならない。

 

この小文は、後に整理してまともな文章にしたい。しかし、現在、その余裕がないので、差し当たりこのアイデア段階で、ブログ記事とする。

 

 

補足:

 

1)空間での位置を表すのに必要なベクトルの数を次元という。正と邪の世界は、一次元の世界である。我々の言葉は、敵の中で生き残ることを目的に、同じ種族の中での意思疎通の為に作られたと考えられる。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12482529650.html

そして、敵に向かって力の分散を最低限にするため、味方(正)と敵(邪)のいち次元空間を想定して、言葉ができたのだろう。

 

2)言葉は、自分の位置を相手に伝達する一つの方法である。従って、言葉はほとんど対立概念のセットで出来上がっている。二つの対立概念のセットを同時に言葉とすることは、むつかしい。つまり、現在直面する問題を、正邪とお金(経済)という二次元の概念空間で問題を分解して考察することは、困難である。日韓の慰安婦問題などうんざりするのは、恐らくこの種の二次元の問題だからだろう。

 

3)弁証法のテーゼとアンチテーゼの関係である。自然界にも似た関係は多い。化学専攻の方なら、ベンゼンなどの芳香族化合物の電子構造を表すケキュレ構造を思い出す人が多いだろう。

(12:00、12:15かなりの編集)