全世界的な経済発展とそれに伴う輸送や通信のコスト低下により、国境を超えて活動することが企業の生き残る条件になった。その結果、社員に国際的に活動できる能力を必須条件として要求することになり、日本企業といえども日本人を優先的に採用する時代が終わりつつある。従って、これからの会社員は、国際的慣習や多くの個別文化に対する理解を含め、国際的にコミュニケーション出来る能力が必要とする様になる。そして、日本人一般のレベルでも、ある程度の英語を理解し話すことが、”生きる上に”必要になって来た。初等及び中等教育は、20年後に活躍する人材を育成するのであるから、この視点での語学教育の改革が急がれる。また、英語が意志と情報の伝達において能率の良い言語であることは、その構造を日本語と比較すれば明らかであるから、英語学習を通して、「沈黙は金」を言い訳にして学校以外での議論する訓練を避けて来た”悪しき習慣”と(その結果として生じた)閉鎖的な国民性も、改善されると思う。注1) 英語が大きな顔をすることは歓迎すべきことでなく、日本国(及び国語)の喪失につながると騒ぐ人もいるだろう。しかし、我々は日本人である前に生きねばならないし、英語が共通語になることは歴史の進む方向であると思う。また、中途半端な英語が巷に氾濫することがなくなり、むしろ、日本独自のものは何か良く解る様になる可能性もあると思う。
次に、その方法について一案を出す。小中学校教員として、外国人を多量に採用する案も無いではないが、経費的に、そして、日本人から仕事を奪っては元も子もないので、現在の教員に努力してもらうことを提案したい。具体的には、例えばNHKの英会話のCDを繰り返し聞いて暗唱することを教室で行う。学校の先生(は前日から)と生徒が同時に教室で学べば良いと思う。先生は、数年後には英語で会話が出来る様になるだろうし、生徒に英語で話しかけることも出来るだろう。
英語教育関連での二番目の提案として、日本に英語(北米英語)で講義する国立のエリート大学を一つ作ったらどうだろう。定員は1000人程度で、授業料は無料。教員の半分程度は英語を話す各分野の優秀なph.D.(一応訳せば、日本の博士号)保持者を、英語圏から採用する。幼少期からこの頂点を見て英語教育を受ければ、金のかからない上記初等中等英語教育下でも、必ずや英語で専門的な会話が出来る人材が、毎年数万人できるだろう。
日本国は現在斜陽状態である。これは、現在進行中のマクロ経済的視点の対策だけでは解決しない。一つ一つの企業の実力、そしてそれを支える、一人一人の日本人の実力、国際的にも通用する実力の総和を上昇させるしかないのである。
注1)http://island.geocities.jp/mopyesr/kotoba.html
次に、その方法について一案を出す。小中学校教員として、外国人を多量に採用する案も無いではないが、経費的に、そして、日本人から仕事を奪っては元も子もないので、現在の教員に努力してもらうことを提案したい。具体的には、例えばNHKの英会話のCDを繰り返し聞いて暗唱することを教室で行う。学校の先生(は前日から)と生徒が同時に教室で学べば良いと思う。先生は、数年後には英語で会話が出来る様になるだろうし、生徒に英語で話しかけることも出来るだろう。
英語教育関連での二番目の提案として、日本に英語(北米英語)で講義する国立のエリート大学を一つ作ったらどうだろう。定員は1000人程度で、授業料は無料。教員の半分程度は英語を話す各分野の優秀なph.D.(一応訳せば、日本の博士号)保持者を、英語圏から採用する。幼少期からこの頂点を見て英語教育を受ければ、金のかからない上記初等中等英語教育下でも、必ずや英語で専門的な会話が出来る人材が、毎年数万人できるだろう。
日本国は現在斜陽状態である。これは、現在進行中のマクロ経済的視点の対策だけでは解決しない。一つ一つの企業の実力、そしてそれを支える、一人一人の日本人の実力、国際的にも通用する実力の総和を上昇させるしかないのである。
注1)http://island.geocities.jp/mopyesr/kotoba.html