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夜が明けるまで

夜明けまでのひとときを....

全身全霊であらゆる努力を傾けて、ひとときの大切な時間を作った。そのために仕事にはますますしわ寄せがいってしまった。それは要領がいいからできたわけじゃない。「仕事が忙しい」は楽ないいわけだ。僕はそんな言い訳なんてしたくなかった。それが自分の気持ちだった。だからいつだって全身全霊だった。
本当に優しい人ってどんな人かと聞かれたら、見返りがないのに優しくできる人なのかなと思う。好きになってほしいから優しくする、実はこれは見返りを求めた優しさ。なぜなら、相手が自分に関心がないとわかったとたんに、優しくなくなってしまう。そんな人は本当にたくさんいるよ。

人は、自噴に関心を持たない人に優しくできない。そういうものだと思う。でもそれは本当の優しさじゃない。たとえ嫌いな人でも優しくできる人だけが本当に優しい人。でもそんな人は滅多にいないものだと思う。
大切なのは精神的なつながり。それさえしっかりしていれば、たとえ一年に一回しか会えなくても絆は切れないものだと思う。

愛情が幻想だというのはそのとおりです。少なくとも結婚という関係の中では、結婚しているから愛さなければならないという自己暗示が存在します。その暗示が崩れそうになると、再び自分に暗示をかけ、結婚という枠組みを維持しようとする。結婚には生活の維持という目的があり、それがなくなれば、自動的に結婚の意味は消滅してしまいます。しかし、愛情という暗示があれば、それを取り戻そうと努力することができます。

幻想から解き放たれるためには、結婚しなくても愛は成立するという当たり前のことに気がつくことです。実はここで述べられている「結婚」とは法的な「婚姻関係」に他なりません。聖書には「人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、ふたりは一心同体となる」(エペソ5-31)と書かれています。これはもちろん法的な婚姻ではありません。精神的に一体になることこそが「真の結婚」なのです。それゆえにそこには「サービス」というものはありません。二人は一心一体なのですから。

残念ながら、誰もがそのような人と出会えるわけではありません。むしろ、それはほとんど奇跡といえるでしょう。だから結婚には愛情という幻想が必要であり、それなくしては生きていけないのです。
浮気と不倫は似てるけど違うもの。でも結果でしか判断できない。不倫の結果、離婚して再婚したらハッピーエンドだけど、そんなに簡単にはいかない。結局、一人の人だけを愛し続けられるかどうか。愛し合っているときは、一生愛するなんていってしまうものだけど、本当かどうかは、まさに死ぬときに初めてわかるものだと思う。

例えば、一緒になれるまで待ちきれず、他の人を選んでしまった人と、離婚できなくてもずっと一人の人だけを愛し続ける人のどちらが本当に誠実だといえるのだろうか。あるいは、離婚のための話し合いをしているまさにそのときに、不倫相手が待ちきれずに別の男に走ってしまったらどうだろうか。

簡単ではないけど、8年待ち続けてやっと思いを遂げる人もいる。15年間、夫や妻を愛せないまま生活を共にする人もいる。不倫されて離婚する人、愛のない結婚生活を一生続ける人、どちらが倫理的に正しいかかなんて、誰にも言えない。