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舞台「クジラの子らは砂上に歌う」の再演を見るにあたって、自分の中で気をつけていたことが1つありました。


それは、「初演を過度に美化させないこと」です。


誰だって、初めて触れたものをその後に続いていくものの比較対象にしてしまうものだと思うんです。

加えて、私にとって「クジ砂」および二年前に観た「舞台クジ砂」は、いわば今の私の考え方や生き方を根本から作り変えたルーツのようなものでした。

大切な、きっと一生忘れることの出来ない作品です。


だからこそ「再演」のニュースと「キャスト一部変更」のニュースを一度に受け入れるのには時間がかかりました。


でも「クジ砂」という作品を原作からずっと愛しているからこそ、その変化を自分に吸収させたかった。


初演は本当に私にいろいろなきっかけをくれた特別な思い出でした。

だからこそ、その特別な思い出を自分の中で再演に超えられることを恐れていたところもあったのだと思います。


そして23日土曜日。

複雑な気持ちを払拭しきれないまま迎えた観劇日。

素直にありのままを書いていこうと思います。


ここからは自分のために残しておきたいメモのようなものなので、読みづらくなるかもしれません。


新曲「シシイロギク」

タイトルは、冒頭で砂に送ったベニヒの供花。

「スナモドリ」を感じさせるフレーズや振り付けが入っていて、初演を見た人が涙を流さずにはいられない演出でした。

心が震えるとはまさにこのことを言うんだな、って初演のオープニングを見た時に思ったものですが、二年ぶりにその感覚を思い出させられました。

感情が揺さぶられて涙を流すこの感覚、そういえばクジ砂で初めて味わったなぁ...ってしみじみと。


あと、全体的なことなんですがサイミアガールのクオリティが上がったような気がします。

なんというか、いい意味で動きが人間らしくないっていうか。でも動かしてる人間がどんな気持ちでサイミアを使っているかっていうのがなんとなく見える。

サイミアの表情が豊かになった?って表現はおかしいですかね。でも、言うなればそんな感じです。


今回、視点がくるくる変わって面白かったです。

初演はけっこう一点(客席側)から見てる感じで、視点の移動はあんまりなかったような気がするのですが今回は団長VSオウニのシーンや泥クジラのヌースを自警団が破壊しようとするシーンなど特に視点がいろんなところに変わって、演劇ならではだなぁと思いました。

あとヌースの表現が大きく変わっていてびっくりしました。人が演じる舞台だからこそできる演出ですよね。

そこと冒頭のエクレシア議会のシーンで思ったのですが、今回はアンサンブルさんをちゃんと出すところで出し、プロジェクションマッピング(って言えばいいのかな?)は演出の都合上どうしても使わざるを得ないところだけに絞ってるなぁって思いました。

オルカに関して言えば、最初の泥クジラ襲撃シーンと交互にオルカの存在を強調させる演出すごく好きでした。

ここ、初演と大きく変えてきたところじゃないですか。

帝国側も泥クジラと同じく「正確な記録」を求めているんだということを改めて感じさせられました。

オルカもチャクロも、オリヴィニスによる「記憶の改竄」の勧誘を断ってますもんね。

あと今回!!リョダリがすごくリョダリでびっくりしました。

前キャストさんも良かったのですが、今回の伊崎さん、まるでリョダリに憑依されたかのように入り込んで演じられていました。

ふとした表情、底の見えない狂気、感情が溢れて溢れて止まらないあの感じ。

どこからどう見てもリョダリでした。本当に素敵でした。


初演からのキャストさんで特に以前より明らかに成長していらっしゃったと感じたのがリコス役の前島亜美さんでした。

初演ではところどころ噛んだりしていたのを覚えています。

今回、初演よりもお芝居に緩急がついたような...

前回も、口下手だけど素直でまっすぐなところがすごくリコスらしくて好きでした。

あれから2年経ち、アイドルグループを卒業して演劇の道を本格的に進むと決めた覚悟がビンビン伝わってくる、そんなお芝居になっていました。

「地獄を連れてきたのは 私だったのに...!」という台詞、初演の泣き崩れるような演技も良かったのですが今回の、言葉にならない言葉を絞り出したような演技もとても好きです。

リコスのように真っ直ぐで素直で強い心を持った前島さんが私は初演の頃からずっと好きでした。

私と1つしか年の変わらない彼女が、舞台上であんなにも必死にもがいて生きている。その事実だけでも、心にくるものがあるんです...。


無印の方々の演技も見ててすごく安心感がありました。

原作のお話でも彼らこそが泥クジラの礎のような存在なので、ここに安定感があるからこそ舞台「クジ砂」は成り立っているのだと思いました。

ハクジさまは初演よりも泥クジラの民ひとりひとりを見つめていた印象がありました。

なんというか、ここ!というシーンを具体的に挙げるのは難しいんですが、初演よりも物事を達観していて、厳かで慈愛に満ちたハクジさまに感じたのです。


スオウは本当に初演と何も変わらない。

初演からスオウを演じられている崎山つばささんはほかの舞台でも何回か見たことがあるのですが、とある舞台で「記録を重んじる役」を演じられていたことがあって。

初演「クジ砂」の後に見に行った舞台でしたので、いけないとは思いつつも頭の中でスオウと重ねてしまっていました。

そういった役を経て、再演でどんな風にスオウを演じられるのだろうと思っていたのですが、良い意味で何も変わっていませんでした。

「あ、わたし今クジ砂の世界に帰ってきたんだ」と思わせてくれる、懐かしさの象徴のような存在でした。


タイシャさまが長老会によるリコスの尋問に立ち会った際にずっと指組みをしていたシーンがすごく印象に残っています。

リコスの心を案じていたのか、死んでしまったリコスの仲間のことを悼んでいたのか。

指組みは泥クジラの最も美しい習慣だと思うのです。

そんな「あなたを思い続ける」クチバさんの真っ直ぐな思いも私は大好きです。


さて、私が作中で最も好きなキャラクター、オウニについて少し書き残しておきたいと思います。

まず最初に。再演のオウニは、本当にかっこよかったです。

かっこよく演じてくださったのだなぁと思います。

ただ、私が原作からずっと見てきたオウニは「かっこいい」から説明を始められるようなキャラクターではありませんでした。

誰にも負けない強い力を持っておきながら大切なものを失うことを何より恐れて、大切なものの代わりに自分が傷付いて、失いたくないものを力で守ろうとする、誰よりも不器用で誰よりも優しい、そんなオウニが私は大好きです。

殺された仲間の目を閉じさせてあげる、怯える仲間に残酷な現実を見せないよう、仇を殺しにかかる前に帽子を深く被らせてあげる、飄々としているように見えて、仲間に対しては思慮深すぎるそんなオウニが私は好きでした。

だから、はける時にキチャの腕を強く引っ張ったり、怪我を心配されて怒鳴ったりしていた今回のオウニは、私がこれまでずっと原作を読んできて描いてきたオウニの姿ではありませんでした。

それに加えて私が見に行った公演では、オウニの握っていた剣が客席に飛んでしまうというハプニングがありました。

演者さんも人間です。ミスはします。頭では分かっています。

でもその瞬間から、私の中で目の前の舞台に立っているオウニがオウニではなくなりました。

私が知ってるオウニは、仲間の命がかかった戦いの最中に剣を落とすなんて事、絶対にしない。

そんなことを考えていたら、そこから観劇に対する集中力が保てなくなってしまいました。

オウニがどういう解釈で演じられるかによって、同じ演技でもニビとキチャの見え方が変わってくるのは不思議でした。

おふたりとも初演に引き続き素敵な体内モグラを演じられていました。ニビは初演に比べ少し冷静になった気もしました。

キチャの「オウニは悪くない!」のシーン、未だに初演のDVDを見てるとそこで泣いてしまうのですがやはり今回も我慢できませんでした。

ただ、今回オウニがかなり独裁的だったので、あの性格のキチャがどういう思いでオウニを庇っていたのか今考えると少し不思議だったりもします。

オウニは初演で演じられた山口大地さんの技術とキャラ解釈がドンピシャだっただけに、今回は見ていてかなり複雑な思いに駆られました。


自分の中でひときわ特別な思い出である初演を、自分の中で超えなくてよかったと、心のどこかで安心しているような気もします。


ただ、今回のクジ砂は、初演の方々が初演を大切にしていて、あまりにも初演を大切にしすぎていて、再演の方々が入っていきづらい雰囲気を作っていたんじゃないかなとも思っています。

私も初演が大好きなので人のことは言えないですが...