心ってなんでしょうね。
嬉しいと感じる心、悲しいと感じる心、怖いと感じる心、愛しいと感じる心、いろんな心があります。
誰かが言っていたことで、
「人は快を求めて苦を避ける」
がありました。でもこれは人だけに限らなくて、すべての動物に言えそうな気がします。
「嬉しい」は快ですね。「悲しい」「怖い」は苦なので避けたいですね。じゃあ、「愛しい」はどっちなんでしょう。
愛しいという感情だけでは快とも苦とも言えないような気がします。たとえば
「愛しいから守ってあげたい」
という心があって、その結果
・守れたので「嬉しい」
・守れなかったので「悲しい」
に繋がるんじゃないでしょうか。
でもとにかく動物は「快を求めて苦を避ける」わけですが、問題は
「何を快と感じるのか」
「何を苦と感じるのか」
で、それぞれ動物によって感じる快と苦は違いますよね。
私は象さんのふんなど好きにはなれませんが、象さんのふんが大好きで、喜び勇んで駆けつける動物たちもたくさんいます。
それぞれの動物ごとに、何を快と感じればいいのか、何を苦と感じればいいのかが違うんですね。
血を見て喜び勇むのか、嫌悪して避けるのか、なんて動物ごとにそれぞれです。
こうした心も進化した結果だとすると、心は親から子に遺伝していたのでしょうね。
ん?
遺伝していたとするとどうやって?
遺伝していたのなら、それは遺伝子の中にあるということですよね。遺伝子として親から子、孫へと受け継がれているのでは?
ということは、
「体中の細胞のDNAの中に
心の遺伝子が入っている」
ということになりそうな気がします。
とすると、「脳をいくら研究しても心が見えてこない」という話も納得しそうに思えてきました。
ドラマか本の中で、
「体中の細胞が
《 行かないで! 》
と叫んでいる」
なんていう表現を聞いたことがありますが、あながち間違ってはいないのかも…