大手結婚相談所で紹介された15歳年上で東大卒のケビン・スペイシーと都庁でお見合い中に何故私が離婚したのか理由を聞かれる。



私の最初の結婚は25歳の時だった。



学生時代スポーツマンで年下から良くモテていた

同年代の彼と結婚した際は

半地下にシアタールームを兼ねた防音室のある大きな戸建を都内に建ててくれたから

皆が羨むようなとても恵まれた結婚であった。


しかし私は何の感慨も無く言われるがままに従った

チャッカリ婚のような体でいたから

何と言うか結婚とは楽しい生活であるもの

という概念しか無く

今後の生活に対する腹がくくれて居なかった。


家に帰っても無口で出不精ですぐに書斎に入って

ゲームばかりしている彼との生活はいつでも1人の気分であった私は不倫もしたし


好き嫌いが多い彼と私自身の仕事を理由に

平日はろくに料理を作らなかった。




シンデレラは結婚して幸せになったはずである

結婚こそがゴールであった

その後の苦労なんて誰が教えてくれただろう。




私の実家では母がクルクルと良く働き手料理が出ない日など無い家庭であったからそれが本来であろうと認識している。

母からは、喧嘩してても犬猫では無いのだから旦那のご飯は必ず用意しろと常に言われていたからいつかやろうと思いつつ仕事を理由に何も考えないようにして行った。




大きな家でいつの間にか夫婦は顔も合わさず生活するようになり私の誕生日などはプレゼントの箱が大きなキッチンの上に置いてあったがそれを開ける事無く離婚をして家を出た。




家を出た時の私はようやく呼吸が出来るような思いでいたから

私達はお互い一人暮らしもした事が無く

何の苦労も人と向き合う術も知らず

ただ相手が自分の思い通りに動く事だけを望む子どもであった。




どんな恵まれた結婚であっても、

ありがとさんとお互い労り合う努力が合って初めて

健康な生活という物は成り立つのだと思う。




と、こんな話しを

初婚のケビン・スペイシーにしたらその場で席を立ち椅子を蹴って全力で走って逃げるであろう

何でもペラペラ話せば良いと言うものでは無い

こんな話しに目を輝かせるのは酒の入った既婚者だけだ。



私は考えると、

実は相手が宗教にはまり仕事も辞めてそれで私が働いてそのお金で衣食住全てを賄うようになり大変であったのだと答えた。



しかし良く良く考えてみれば

男はそうやって働いて女を養っているのに、

女がそうやって男を養うとなると、

酷い男だ大義であったなとなるから世の中は不思議である。