婚活パーティで出会った自営業の男は、廃墟の様になったレストランのフロアーで見るからに焦っていた。
恐らく彼の記憶は全て20年前で止まったままで何かを確かめるかのように急ぎ足でエスカレーターに乗るから私も黙って後を着いて行くが目に映る風景はその殆どが赤い絨毯と閉ざされた店ばかりでありまるで
時間ごと揃って未来へ夜逃げでもしたかのようである。
(※因みにこの後住友三角ビルは2020年にリニューアルされた)
鈍い音を立てるエスカレーターを
最後まで上がりきると何店舗か店が開いていたのだがどこも高級そうで私はもう少しでこの建物を出ようと言いかけたが男の様子を見るとそれも何だか憚られる。
ずっと無言だった自営業の男はようやく美濃吉の前で立ち止まると私の方を振り返り、
たまには懐石でも食べようかウフフと笑う。
入口には何処かの団体名が白い半紙に記されているから予約客がいる事に驚くがもしかするとこの先は閻魔様が鉈を研いで待ち構えておりあの半紙は地獄に堕ちる閻魔帳であるやも知れぬと馬鹿な妄想をしていると
奥からは絵に書いた様なババアが着物で我々を迎えるが生き返ったばかりなのか決まって息が臭いから私はなるべく呼吸を止め個室の座敷に通された辺りで大きく肩で息をする。
メニューのコースは1万円から5千円区切りで高くなり自営業の男は一番高いコースにしようかエヘへとその気になっているがファミレスの予定が美濃吉になった事であるし一番安いコースを私が選ぶと男は少し残念そうな顔になる。
座敷は大層広く襖の向かい側には大きな窓があるが暫く磨かれた様子は無く曇っている。
男は何が見えるかなウフフと笑いながら身体の向きを変えると、両手と両膝を畳に突いたまま曇った窓を目掛けて四つん這いでヨチヨチ這い出した。
まるでその姿は、
ハイハイしている赤ん坊を連想させるから私は見ない振りを決め込むもし匍匐前進であったならば
隊長待たれよと男を真似て
私も匍匐前進で後を追えたが残念ながら幼児プレーの趣味は無いしかも男が窓枠に手を掛けた辺りでつんのめっているのが横目に映る。
男は遠くに富士山が見えるよと冗談を言ったが
私はもう笑う事が出来なくなっている。