毎年4月19日20日に行われる地元のお祭り「飛騨古川祭」を見に帰省した。19日(木)は早退、20日(日)は休暇。舌出しサンバの練習も一休みして、車で飛んで帰った。
 古川祭がどんなに勇壮で、絢爛豪華で、心躍る素晴らしいお祭りであるかの説明は地元自治体のサイトに譲るとしよう。見所は「静と動」と言われていて、静とは「屋台曳き揃え」、動とは「越し太鼓(おこしだいこ)」のこと。
 何はともあれ、地元を離れて15年(長!)経てども、こんな素晴らしい祭があるのって誇らしいことだと思う。

<撮影:TAKA> ※クリックで拡大


越し太鼓
 19日の夜21時半からこの「越し太鼓(写真中央の太鼓が付いた櫓)」が古川町内を4時間ほどかけて回る。その間、「付け太鼓」と呼ばれる小さい太鼓が付いた丸太を越し太鼓に付けようとする者達と、それを防ごうとする越し太鼓を担ぐ者達との間に攻防が起こる。アツいです。

 この越し太鼓に跨って撥を振り下ろす役目は、街への貢献度などから選ばれし者のみがやれる一生に一度の名誉。それを今年なんと私の実兄TOMOがやってのけた(写真→)。カッコええですな~。ちなみにこの上段に構えた純白の撥は、役目を担った者が山へ入り木を切ってきて自分で削って作らなくてはならないそう。
越し太鼓に跨れる人


付け太鼓パフォーマンス
 写真の中央で空を飛んでるように見えるのは、前述の付け太鼓(丸太)を立てて、それの上で消防の出初式にようなパフォーマンスをしている人。いつも見ててすごいと思う。道路を行くちょうちんの行列に続いて、越し太鼓本体がやってくる。

 この絢爛豪華な山車のことを「屋台」と呼ぶ。町内に九台(+一台)あり、見た目もお囃子もそれぞれの特徴がある。写真先頭のからくり人形がついているのは「青龍台」という名前の屋台。高山祭の屋台と雰囲気は近い。↓の地元資料館のサイトに各屋台の詳細な説明あり。
屋台曳き揃え


三番叟台
 見た瞬間驚いた。今はこの「三番叟」という単語にとても敏感で。上で「+一台」と書いたのはこの三番叟台という名前の屋台のこと。火事で消失してしまいのぼりだけが曳き揃えに参加している。

 屋台のひとつ「白虎台」には小さな舞台が付いていて、そこで弁慶と牛若丸の子供歌舞伎が披露される。写真はその役者のうちのお二人。この武蔵坊弁慶の表情がいいね~。
子供歌舞伎


神楽台
 この「神楽台」は私の実家のある地域の屋台。鳳凰が付いた金色の太鼓が付いていて、その両側に座った烏帽子の男がご覧のように海老ゾリに仰け反ってそれを叩く。ちなみに向かって左で竜笛を吹いている烏帽子は実兄TOMO。笛も吹けて太鼓も叩けるんだったら長唄のお囃子もできちゃうんじゃないか、なんて。

 神楽台のお囃子に合わせて舞う二匹の獅子。これは見ていて楽しい。このお囃子がまたとても特徴的で、一度聴いたらしばらくはずーっと口笛で吹いちゃう。
古川町 連獅子


貴船の獅子舞
実家のお隣の地域の獅子舞。天狗とお亀、狐、ひょっとこの4人戦隊が獅子を退治するというお話の獅子舞。お囃子も舞いも子供がやっている。子供はすごいな~。このお囃子がまた特徴的で楽しくて、やっぱり一度聴いちゃうと帰り道はずーっと口笛で吹いちゃう。

 「レザボア・ドッグス」の江戸時代版リメイクができたらこんなジャケットになりそう。お祭り中は街中をご覧のような裃姿の人がたくさん行き来している。また家々は表に写真のようなちょうちんを出す。
お祭り中の人々


桜満開の古川町
 今年の古川祭はちょうど桜が満開で、天気もこれ以上ないほどの快晴。最高の二日間だった。写真は満開の桜と町内を流れる荒城川、奥に見えるのは本光寺という大きなお寺。


 前もここで同じことを書いた気がするけれど、これを地元の人たちは350年も前から当たり前のように守り続けている。これってよーく考えると本当にすごいことだと思いませんか?夜な夜な公民館に集まってお囃子や獅子舞を練習するとか、当日仕事を休むことも、家々が表にちょうちんを出すことすらも、誰かにやれと言われたからってだけの理由じゃ誰もやらないし続かない。風土とか歴史とか血がそうさせているんだと思う。そういうものを守っていくことに取り組めることがうらやましい、と地元を離れてこの歳になってやっと思うようになってきた。

 皆さん、来年の古川祭はなんと土曜日曜です。ぜひご覧あれ。