日韓関係の冷え込みは日に日に厳しくなっており、また中露・北朝鮮の動きも目を離せない状況となっている。

参考程度に、北東アジアの国々を類別したならば、安全保障上の枠組みでは、西側(日・韓・台)対する東側(中・露・北)、中道派のモンゴルといった大別がなされることとなる。この状況を鑑みれば、韓国が東側に靡くことの危険性は、想像に難くないだろう。

昨今、韓国の政治的態度を憂慮する見解がマスコミで多く流布されるが、韓国をあたかも反日一色で構成された国家と見なすべきではなく、また友好・非友好の二元論で国家間関係を語るのは危険である。ましては、日韓の両国を比較して、どちらが優れているかを競うかのような、生産性の欠片もないチキンレースをマスコミが書き立てているが、解決への一助となる議論を展開するメディアには今のところ出会えない。

なにはともあれ、日本としては相手の妥協を過度に期待するのではなく、日韓協調路線を提唱する政党との関係構築、第3国への仲介を依頼するなど、別路線での対話を探るのが望ましいのではないだろうか。

日本人に見られる勘違いとして、潜在的な優位的自覚があると近年考えている。ここでの”優位”とは、日本人が周辺のアジア諸国に対して優れているという自信であり、言い換えれば差別的性質を持った観念でもある。その最たる例は、中国人や韓国人などに対して用いる”民度”という表現に凝縮されており、おそらくは発達した文化、科学技術、都市生活、経済水準、張り巡らされたインフラ・交通網、司法システム、モラル...e.t.c.から導き出される、相対的優位意識に依拠している。

また、当時の日本帝国からして、”もし仮に”安全保障環境より止むを得ない手段として執った戦争であったとしても、日本帝国主導の戦争に巻き”込まれた”周辺アジア諸国からすれば、時代が変わっても昔クラスにいたイジメっこに現代の日本が映るのは至極当然のことであり、前述の潜在的な優位意識を持って接せられたのでは、埋まる溝も埋まらず尾を引くことは自明のことではないだろうか。

よって、経済力が降下しつつあることを鑑みれば、大国としての日本としての顔を持つだけでなく、アジアの日本としての立ち居振る舞いを求められていると考える今日この頃である。