僕が経験した話だ。

 

かつて、ある屋外のイベントで司会を務めたときだ。

ステージでの出し物の合間に、僕にマイクを貸してくれと頼んできた一般男性がいた。

なんと彼は、ステージ上で意中の相手にプロポーズがしたいという。

特に厳かなイベントでもなく、来るもの拒まずのお祭りのような雰囲気の会場だ。

僕と監督とで少し相談をし、男性の要望を受け入れることにした。

 

空き時間のはずだったステージ。

僕が先に登場し、特別ゲストがいると言って注目を集める。

続いてステージに勢いよく駆け上がった男性。握り締めたマイクに向かい、大声で話し始めた。

軽くハウリングを起こすスピーカー。しかし彼はお構いなしだ。

自分の名前、出身地、彼女と一緒に来たこと、そしてその彼女に伝えたいことがあると一呼吸で叫んだ。

 

さながら学校へいこうの未成年の主張か。彼の年齢は二十台後半といったところだが。

見ているこちらも思わず体に力が入る。どこかのおっさんが 「いいぞー!」 と声を上げた。

 

ステージ前にやってきた女性。男性の彼女だ。

戸惑いながらも真っ直ぐに視線を送る女性。男は、飾り気もない言葉で言い放った。

「俺と結婚してください!」

会場が一斉に沸きあがり、しかしすぐに静まり返る。

会場全体が、女性の返答を待ち望んでいた。

 

誰も言葉を発しなくなってから、ほんの10秒くらいだろうか。ずいぶんと長く感じた気もする。

彼女が無言で、しかしはっきりと頷いたのだ。

改めて歓声が二人を包んだ。惜しみない拍手が会場から送られる。

飛び入り参加のカップルは、見事に婚約を成立させたのである。

 

 

ステージを使ったからには彼らも立派な出演者だ。

せっかくなので、耳まで真っ赤にした彼女もステージに呼び込み、僕はヒーローインタビューを開始した。

急にマイクを貸せと押しかけてきたことをイジって笑いを取りつつも、感想を訊いてみると二人とも満足そうだ。

簡単な質問だったが、彼らについていくつか知ることができた。

男性は三国志が好きで、女性はよく卵焼きをこがすらしい。

そして、二人の出会いは、二年前のこのイベントだったそうだ。

内心、告白にはもっとロマンチックな場所があっただろうと思っていたが、なるほど出会いの場を選ぶとは粋な計らいである。

 

ものはついでだ。最後に男性に言質をとることにした。

サプライズに巻き込んだほかの来場者に、謝罪の意味も込めての制約だ。

マイクを握った男性は、大声でこう答えてくれた。

「彼女のこと幸せにします!」

 

 

その翌年。

僕は同じイベントの会場にいた。

司会者ではなく、ただの客として会場をぶらぶら歩く。

屋台で買った出来たてで生温いクレープを食べながら歩いていたら、後ろから声を掛けられた。

振り向けば、なんと去年のあの熱い告白によって晴れてお嫁さんになった女性が立っているではないか。

こちらとしても忘れるわけがない。1年ぶりの再会に胸をはずませつつ、その後の生活はどうかと訊いた。

 

「すみません、離婚しました。」

 

「おりぇー!?」

 

おりぇーなんて声を上げたのは生まれて初めてだ。

彼女が苦笑いしながら経緯を話してくれた。

 

あの彼氏、あろうことか結婚後3ヶ月で他の女性に浮気。

他の女性、というのが彼女の友達だというから目も当てられない。

去年の今日、大衆を前に恋人に誓った男の言葉は何だったのか。

 

僕も僕で、あの出来事には嬉しさを感じていたわけで。

もう1年かーとちょうど思い出していた矢先だったから変な鳴き声も出る。

 

 

彼女は今年もイベントに来てくれた。

会場を率いてお祝いに務めた僕に、もし会えたら謝りたかったという。

とても素直でいい人なのだ。男性はなぜ目移りしてしまったのだろうか。

 

この1年で、彼女は卵焼きをこがさずに焼けるようになったらしい。いつか出会う素敵な旦那さんに食べさせるのだと笑顔を見せる。

そして夫となる人物にはまた、言い逃れできない状況でのプロポーズを望んでいるらしい。

冗談か本気かは分からないが、またステージに上るのも悪くないだろう。

僕は結婚式の司会も出来るからその時がきたら任せてくれと伝え、笑いながら彼女と別れた。

 

 

今年もまたイベントは行われている。

あれから何年にもなるが、その後の彼女の歩みは、僕には知る由もない。

あの人は良い男性と結ばれるべきだと思う。

そうだな。ステージ上でイジっても、ボロが出ないような人がいい。