皆さま、こんにちは(こんばんは)。
前に言ってましたように、個人的な(家庭の)事情により、時間がなく、何処にも行けないでおります。
記事の更新もできないでいるのですが、何とか“今のところ生き長らえていること”を記録しておこうと、最近購入した本について書いておきたいと思います。
その前に──。
感染状況も、医療のひっ迫具合も、大変なようですね。
京都府も、また緊急事態宣言に移行するようで・・。
何か、「どれだけ効果があるか」不安です。
私は、京都市の西郊、“まあまあ”の観光地に住んでいるのですが・・。
世間は、たぶん、夏休みなのでしょう⁉️──‘某’テーマパークも、‘某’電車も、‘某’イオンも、人でいっぱいです。
この調子だと、明日は我が身と、いよいよ覚悟せざるを得ない気持ちです。
なので、最後になるかも知れない「読書の記録」をここに──。
ずっと前に、図書館で借りて読んだ本なんですが──。
とても感銘を受けた覚えがあり──。
たまたま、本屋さん(丸善京都本店)の特設コーナーに並んでいたのを見つけて、思わず購入してしまいました。
★何の(??)コーナーだったかは忘れましたが・・。
古代史を語る上では、忘れてはいけない視点──それは「水運(海上交通)」!
それについて、細かく詳しく述べられている名著だと思います。
『よみがえる古代の港~古地形を復元する~』(石村智╱吉川弘文館·歴史文化ライブラリー455)
このブログでも、いろいろなテーマに関連してふれてきたと思います。
わが国は、国土の大半が山々。
そして、周りを海に囲まれた島国です。
「米作り」だけでは、歴史は語れないのです。
列島内各地を結ぶだけでなく、朝鮮半島、琉球(南西諸島)、オホーツク沿岸、そして大陸と──海上交通によって、人々が繋がっていたことを、史跡が、古墳が、地形が、そして今に残る地名が、物語っています。
それから、これは個人的興味からですが、「長岡京遷都」については、水運の視点はとても大事ですよね!
古代史を語る上では、必携の一冊ではないか!──と思います。
ネタばれしない程度に話しますが、古代人が海上からどのようにして目的地を目指していたか──「天の視点・海の視点」は、とても面白い考察です。それを考えながら、古墳を眺めるのは・・。
次(↓)も、書店でたまたま手に取ったもの。
‘暇潰し’の1冊、そして「睡眠誘導」の1冊です。
★「書名」とは矛盾しますけど・・。
『眠れないほどおもしろい万葉集』(板野博行╱三笠書房·王様文庫)
『万葉集』 全20巻、4,500首の世界を、この薄さ(厚さ)の文庫本1冊で知ることができる訳はないです。また、ここに載せられているエピソードは、たいていは“既知の事柄”と言っていいのかも知れません。
でも──。
やはり、一般教養として、折に触れて『万葉集』の歌が、スラスラ出てくるようになっていれば、ちょっとはカッコいいですよね!
適当にページをパラッとめくり、出てきたところをちょっとずつ読んでいます。
まさに、‘暇潰し’の1冊。
そして、布団の上で読んでいると、やっぱり・・。
滝夜叉姫(平将門の娘)、源頼光、渡辺綱、坂田金時、袴垂、藤原保昌、安倍晴明・・。
面白い!!
歴史は、ふつうは、勝者の側、権力者の側によって記録されるものですが、、、。
敗者の側、虐げられた者の側から見ることの、何と素晴らしいことか!!
3巻が来月発売です。続編が待ち遠しいです。
あっ❗
当然のことながら、文庫本で、原作の小説から先に読むのもよし・・。
※『童の神』(今村翔吾╱ハルキ文庫)も、購入しなければ・・。
はっきり言って、漫画から入るのは邪道ですかね!
それでは、次の話題。
昨夜(8月11日深夜)、ちょっと起きてしまって、テレビをつけたら──。
NHKスペシャル『原爆初動調査 隠された真実』が放送されていました。
長崎に原爆が投下された直後、アメリカ軍によって「残留放射線の測定&人体に与える影響」が調査された、その記録が、今になって(76年経って)出てきたと言うのです。
アメリカ軍は(日本政府もぐるになって)、それをずっと隠蔽していたそうです。
それが今になって明らかになったようです。爆心地から放れた所でも、灰や雨が降り続き、健康被害や原因不明の死が相次いだことが、詳しく述べられていました。
8月。
「原爆」については、まだまだ、いっぱい調べて、考えていかねばならない──改めて、そう思いました。
さて、「原爆」と言えば・・。
このブログで、「京都の空襲」や「原爆投下の候補地」になったことを書いていましたが──。
個人的に、「何故、京都は最終的に原爆投下を免れたのか」について、尋ねられました。
そんなこと、私に分かる訳はありません!
当時のアメリカの国家機密です。
それに、今になって、新たに真実が出てくると言う状況なのに・・。
答えに代えて、昭和20年(1945)の4~8月の一連の流れについてまとめたものに、ちょっと+αしました。
ここ(↓)にも、残しておきます。
参考まで・・。
第二次世界大戦が始まった1939年、アメリカは、原子爆弾の研究に取り組み始めました。
1942年には、「マンハッタン計画(Manhattan Project)」と名付けられた“原子爆弾製造計画”に着手しました。
1945年(昭和20年)4月27日、投下目標の研究対象として、17の地域(都市)が選ばれました。
※東京湾、川崎、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、呉、広島、山口、下関、小倉、八幡、福岡、佐世保、長崎、熊本
その後、爆風で効果的に損害を与えることができるなどの条件により、目標候補地がしぼられ、原爆の効果を正確に評価できるように、目標都市に対する空襲が禁止されました。
5月7日 ナチスドイツが降伏しました(ヨーロッパでの第二次世界大戦終了)。
5月11日 原爆を投下する目標となる日本の都市がリストアップされました。
※京都、広島、横浜、小倉を選定。
6月14日 京都、広島、新潟に対し、空襲が禁止されました。
★6月26日 西陣空襲。死者午43人、重軽傷者66人、全半壊建物292棟。
7月16日 世界初の核実験が実施されました(爆縮方式のプルトニウム原爆)。
7月24日 トルーマン大統領は、スターリン書記長(ソ連)に原爆開発を明かしました。
7月25日 アメリカ空軍参謀総長のカール·スパーツ大将が、8月3日以降に、広島、小倉、新潟、長崎のいずれかの都市に原爆を投下するよう命令しました。
8月2日 8月6日に投下する命令。優先順位は、広島、小倉、長崎。
8月6日 ガンバレル型ウラン235原爆リトルボーイが、広島へ投下されました。
8月8日 8月9日に投下する命令。優先順位は、小倉、長崎。
8月9日 爆縮方式プルトニウム239原爆ファットマンが、長崎へ投下されました。
8月10日 トルーマン大統領、原爆投下中止命令を出しました。
これ(↑)を見ると、少し複雑な気持ちですが、京都は‘いつの間にか’原爆投下の候補地から外れていたようですね。
それと、小倉や新潟は、ホントに偶然に原爆投下を免れたことが分かりますね!
また、西陣空襲は、「空襲が禁止」された後の爆撃なので、“何の手違い??”と思ってしまいます。
では・・。
何の「まとめ」もありませんけれど・・。



