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あべしんのブログ

京都・奈良・滋賀。寺社、古墳、花……、史跡をぶらぶら散策するおじさんの日記です。
京都市内は、ランニングしながら、ぶらぶらしていることもあります。

皆さま、こんにちは。
あっ、こんばんは。

たぶん、記事を書き上げて、投稿すると日付が変わっていると思いますから、「おはよう☀️🙋‍♂️❗ございます」です。

京都国立博物館の桜🌸です。満開🌸🌸でした。
東の庭では、もう花びらが散りはじめていました。足下の花びらを見ながら・・。
まだ、3月(31日)なのに、もう花が散ることを心配しないといけないとは──今年は早いですね!

大阪で“あれだけ”の感染者が出て、心配が増す今日この頃です。
東山通りを過ぎる時、ふと見ると、東山(清水寺)界隈はかなり(観光客)の賑わいのようでした。それで、ちょっと心配しましたが──。
京都国立博物館は、幸か不幸か、空いていました!!!

さて──。
平成知新館では、「凝然国師没後700年 特別展 鑑真和上と戒律のあゆみ」が、先週末(3月27日)から始まりました。
★前期展示は4月18日(日)まで。
後期展示は、4月20日(火)から5月16日(日)まで。

この春は、いろいろ興味深い展覧会が開かれます。
思い返せば、昨年の春。コロナの感染状況から、多くの展覧会が、中止や延期になりました。東京や大阪の❰第4波❱を見ると、いつどんな状況になるか分からないので何とも言えませんが──。

今のところは──。
展覧会巡りに忙しい春になりそうです。

それで、例の!
『肖像彫刻の最高傑作』と言われる“あの像”の話から始めます。

唐招提寺の御影堂にて、鑑真和上坐像(国宝)が特別開扉されるのは、毎年6月5日~7日の開山忌の時だけです。
★今年は、平成大修理事業が続いていますので、新宝蔵に遷座され、そこ(新宝蔵)で開扉されます。

でも、この3日間にスケジュールが合うのはめったにないことです。ほぼ毎年、諦めざるを得ない・・。

でも、唐招提寺に行けば、開山堂で、“本物(!?)そっくり(!?)”「平成の御身代わり像(おみがわりぞう)」を拝観することができますよね!

それから──。
現在、特別公開中の東大戒壇院千手堂でも、江戸時代の鑑真和上像を拝むことができます。こちらも、模刻ですから、“本物(!?)そっくり(!?)”です・・。
★確か、昨年、このブログでふれたかと・・。

素人の私には、見分けがつかない!
──とは言え。

やはり、模刻は‘木造’で・・。
後世のもので・・。
乾漆造の国宝の鑑真和上坐像は、見ておきたいものです。
おそらく鑑真さんとともに過ごした弟子による像ですから、「その思い」を伝える像は、何ものにも替えられない・・。
そして、パネルやポスター、パンフレットにある通り──。

鑑真さま、京都に出張中です。
うまい具合に、6月には奈良に帰れるようにね・・。

ガラス越しとは言え、至近距離からかぶりつきで、鑑真和上坐像をじっくり拝むことができました。
やはり、感激でした。
しかも、今は会期はじめなので空いていて、私は“5分以上”貸し切り状態で見ることができました。

それだけで、値打ちがあった!

さてさて──。
この展覧会は、タイトルにある通り、「戒律」に焦点が当てられて、文化財が展示されています。

「戒」とは、仏教徒が守らなければならない心構え。如何に善い行いをするかと言うこと。
「律」とは、僧が守るべき規律。僧侶のあるべき姿。
仏教教団を正しく運営していくために必要な規律と運営法です。

簡単に言えば、「殺すな、盗むな、淫蕩にふけるな、嘘つくな、酒飲むな」と言うことだそうですが、なかなかそれが難しいんですよね!
──「善いことをせよ、悪いことはすな!」は、小さな子どもでも知っているのに!
↓↓↓
昨今の、この国のトップに立つべき人たちの立ち居振舞いを見ていて、そう思う・・(あっ、余計か?)。

それで──。
「戒律」をわが国に伝えたのは、鑑真さんですが、それ以前から話は始まっています。
※正確には、〈「戒律」を授け、一人前の仏教徒として認める儀式(授戒)を伝えた〉ですが・・。
鑑真さんが来日したのは、「大仏開眼会(752年)」の翌年。
(鑑真さん以前の)「大仏開眼会」で読誦されたろう経典の中の「律」に当たる部分が、展示されていました。「五月一日経」(天平12年(740))は、私の“大好物”、今回もここで見られて感動もの──唐招提寺にも伝来していたのですね!

そして──。
仏教が、「国家のためのもの」から、「如何に人々を救済すべきか」に焦点が当てられた平安時代。最澄さんや空海さんによって、「戒律思想」は新たな転換点を迎えました。
経論、仏像、両界曼荼羅図、法具など、さまざまに資料(展示物)によって、そのことが解説されていました。

さらに、仏教が「今苦悩の中にある庶民の救済」に目を向けた鎌倉時代。
法然さんや親鸞さん、道元さんや日蓮さんらに目を向けがちですが──。
ここでは、覚盛さん(唐招提寺)、叡尊さんや忍性さん(西大寺)、俊芿さん(泉涌寺)らによって、「戒律運動」が最盛期を迎えたことが、大きく取り上げられていました。
私は、彼らの布教と社会運動も、鎌倉新仏教の大きな一翼を担っていたと思う訳でありまして・・。
竹林寺の忍性骨蔵器や、般若寺や宇治浮島の石造十三重塔の納入品まで展示されているとは思いもよらず・・。

さらに江戸時代の「律」の復興にも、目を向けられ──。
鑑真さんのところでしたが、袈裟の箱に、桂昌院さん縁の「九目結文」を見かけた時は、“そこまであるか(!?)”とびっくりしました。

それからまた、鑑真和上坐像だけでなく、数多くの「国宝」が来ているのにも、感激しました。
金亀舎利塔(唐招提寺)を間近に見て、伝獅子吼菩薩立像(唐招提寺も博物館で見ると‘何だか違って見え’て!
円珍戒牒(前期)や法然上人絵伝も・・。

金亀舎利塔を近くからじっくり見ると、凄い工芸品あることがわかりますよ!

そして、重要文化財の《肖像彫刻と画像》の数々!
弘法大師(空海)坐像、俊芿律師像は、当然ですが──。

曹洞宗の祖·道元禅師像、西教寺の真盛上人像、宝山寺の湛海上人像などなど・・。
肖像彫刻、肖像画の“オンパレード”と言ってもよいくらいでした。

何人か数えてへんよ・・。

前期は興正菩薩(叡尊)坐像は、白毫寺の重要文化財のものが展示されていましたが、後期は西大寺の興正菩薩坐像(善春作)に変わります。
多分、同じ展示室で、鑑真和上坐像と興正菩薩坐像の「(国宝の)肖像彫刻の傑作の競演」が見られると思います。

それから、注目すべきは!
重要文化財の「東征伝絵巻」が、巻替を繰り返しながら、多くの場面が展示されることです。
鑑真さんの物語を、鎌倉時代の「絵巻」を通じて楽しめます。

遣唐使船がたくさん描かれているんですよ!
難破した場面、大破した場面も含めて・・。
平城宮跡に、十年前(正確には11年前)に復原されたものがありますが、本当のところ、遣唐使船の実物を見た人などいないのですよ!
◎あっ、千三百歳の人が生きておられたらスミマセン。

この絵巻は、鎌倉時代の後期のものですから、百パーセント(100%)信用する訳には参りませんが、想像の助けにはなりますね。

まだまだ話足りないのですが、これ以上書くと、収拾がつかなくなりそうです。

最後に一つだけ──。
私は──。
鑑真さんは、晩年、仏教界から(つまり東大寺=国立の仏教の最高機関から)追い出され、“私寺”の唐招提寺で仏教研究に携わるしかなかったのだと思います。
こんなこと言い過ぎかも知れませんが、困難を乗り越えてせっかく来てくださった唐の高僧を“おいしい所だけ利用して”追いやったのかも・・。
もしそうなら、「恩知らず」ですよね。
“Why Japanese People!!??”は・・。

あっ、やっぱり止めておきます。

いい天気でした。
メデタシ、メデタシ。