皆さま、ほぼ一(ひと)月。
ご無沙汰しておりました。
私のブログのテーマ上、どこかに出掛けて記事にするのが基本ですので、緊急事態宣言下の自粛中では、実質お休みになってしまいます。
申し訳ありませんm(_ _)m。
とりあえず、季節の植物を。
◎見るのが、‘花びら’じゃないので、‘お花’とは言い難い・・。
さて──。
先日、「安全保障上重要な施設の周辺などの土地利用を規制する法案」“なるもの”が国会を通ったことが、‘ちょこっと’報道されていました。
そこでなんですけど──。
話は変わりますが、思い出したことがあるのです(この法案とは関係ないけど・・)。
私の母方の実家は、清水寺の近く、旧·清水小学校に隣接してありました。
「ありました」と言うのは、「もうなくなっていて、それを見たことがない」からです。
★余談ですが、現在、この学校(跡)は「統廃合」により既になくなっていて、今は変わり果てたもの(=ホテル)になってしまっています。
子どもの頃、清水寺にお詣りする度に、「ここに家があった」とよく母から聞かされたものです。
その後は、住宅になったり、商業施設になったり、いろいろ変遷しているようですけど・・。
昭和20年(1945)1月某日(中旬)の夜、1機の米軍B29が京都市上空に飛来し、旧·清水小学校から少し南の京都市東山区馬町付近に爆弾を投下しました。記録によると、死者34人、負傷者56人、全焼・全壊31戸、半壊112戸と言う被害が出たようです。
当時の修道国民学校や京都女子専門学校(現·京都女子大)などが目標となったようで、大きな被害を受けたと伝わります。
母も、近くなので、爆音や火炎を聞いたり見たりしたと言っていました。
その後、およそ半年の間に、京都市内は数回の空襲にあったようですが──。
この「馬町空襲」を機に、「建物強制疎開」が始まりました。
米軍の爆撃の目標(目印)となるような重要施設《鉄道施設、工場、学校など》に隣接する家屋は、「延焼を防ぐために」取り壊されることになりました。馬町からすぐ近く(北)の学校に隣接していました母方の実家は、重要施設の真横なので当然取り壊されました。
その後の、つまり「祖母や母、母の兄弟姉妹の戦中・戦後の悲惨な暮らし」については、今日は書きません。
まあ、でも、そんな訳で、元あった母方の実家を見たことがないのです。
★また‘別件’の余談ですが、島原(下京区、JR丹波口駅近く)に、角屋もてなしの文化美術館があります。建物(角屋)が、「揚屋建築の唯一の遺構」として、国の重要文化財の指定を受けています。
今で言う料亭(!?)、江戸時代の京都における饗宴の場だったのです。でも、ここも昭和20年(1945)、「建物強制疎開」の対象として、取り壊されることになっていました。鉄道施設(線路)のすぐ近くですから、当然・・。
しかし今、重要文化財として、残っています。
「西郷さんが‘行水’に使ったと言う“たらい”」が残っているから、つまり「明治維新で活躍した勤王の志士たちの密議の場」だったと言うのが理由だそうです。
重要施設に隣接していても、こんな“不公平”があったものなんですねえ・・。
角屋もてなしの文化美術館に行くと、今でも、その“たらい”を見ることができます。母や私にとっては「恨みの“たらい”」ですけどねえ(≧▽≦)。
「重要な施設の云々・・法案」“なるもの”は、決して国民を守るためのものではないことは、予感できます!!
★もう少し余談ですが──。
今、京都市内で、五条通、堀川通、御池通が、‘異様に広い’のは、昭和20年(1945)の「建物強制疎開」の《賜物》です。
京都のガイドさんたち、覚えておいてくださいね(*´・ω-)b。
さて、そんな「戦中のこと」を考えていたら──。
さらに・・。
夜中に、某NHK(地上波)で──。
『BS1スペシャル「沖縄 出口なき戦場」』が、放送されていました。
「住民12万人が犠牲となった沖縄戦。中でも凄惨を極めたのが、日本軍が首里の司令部を撤退し、事実上勝敗が決した5月末からの1か月だ。新資料から沖縄戦の実相に迫る。」
──と言う内容で、改めて沖縄戦の悲惨な様子を見せていただいた訳なんですけど!!
涙(&鼻水)が止まらん・・。
これも、最近、“小耳にはさんだ”ことで恐縮しますが──。
出版社(会社)名は書きませんが、某社の『新しい歴史教科書』の、沖縄戦についての記述が酷いらしいです。
「日本軍はよく戦い、沖縄住民もよく協力しました」
えっ👀⁉️(それだけ・・)
よくこんな教科書が検定合格したなあ!!!!
あんまり、きたない言葉は使いたくないけど──。
これ書いたヤツ、大丈夫けえ!
頭ん中に虫わいてんのちゃうか?
ホンマに研究者けえ?
素人にしては、素人以下やな!
いったい誰がこんな本使って学校で教えんの?
この国は大丈夫??
そんなことを思いつつ、この自粛期間を過ごしていたジジイです。
そんな「近現代史」のことが気になる私ですが、諸般の事情により、お勉強するテーマは、「古代史」です。
最近、外出ができず、家に籠りがちですので、YouTubeをよく見ています。
すると、“某チャンネル”が目にとまりました。
今城塚古墳や継体天皇に関する講座シリーズです。
面白かったので・・・。
この「おこもり期間」に、さらに、いろいろ読んでみたいと思いました。
倭王武(=ワカタケル大王??)の5世紀後半ごろ、この国の歴史に関しては、いろいろ発掘の成果もありますし・・。
中国の宋に使者を送ったことが記録にあるのですから、この国の“かたち”について、想像が膨らみますよね!
そして、継体天皇。
──と言うより、正しくはオホド王(男大迹王or袁本杼命(おおほどのおおきみ))は、いろんな意味で、この国の歴史の出発点ですね!
百済の武寧王(斯摩王)との関係が気になりますよね!
ひょっとしたら・・顔見知り・・血縁関係・・??。
そして、磐井の乱が勃発しています。わが国、古代史上最大の内乱です。
内乱(??)、反乱(??)、それともオホド王率いるヤマト王権と九州王朝との戦争??
筑紫君磐井とは、いったい何者なのか?
今城塚古墳の石棺に使われた阿蘇馬門のピンク石は何故?──有明海沿岸勢力との関係は!?
とりあえず読んでみました。
『継体天皇と朝鮮半島の謎』(水谷千秋、文春新書)
そこで──。
高槻市の今城塚古墳に行ってみようと思いましたが──。
今城塚古代歴史館は、緊急事態宣言下で、現在休館中みたいです。
残念。
滋賀県高島市の鴨稲荷山古墳の出土物について調べられる高島歴史民俗資料館にも行きたいと思いましたが、ちょっと遠いし・・。
秋かな?


