先日『リトルプリンス』を観劇しました
コロナ禍になってから東宝ミュージカルを観るのは初めて。最後に観たのは、『シャボン玉とんだ宇宙までとんだ』なので、丁度二年振りです。
日増しに感染者が増え続ける状況下ではありますが、出来る限りの対策をして行ってきました。
若い頃音楽座ミュージカルが大好きだったので、土居裕子さんの王子役をどうしても観たかったのです。
私と同じく、宝塚&音楽座ファンだった友達と観劇しました。友達と会う&一緒に観劇するのも二年振り。この日は忘れられない一日となりました
本当に美味しいものを食べると言葉が出ないと言いますが、舞台もそうですよね。
一幕終わった後も終演後も放心状態になってしまって、何も言葉が出なかった、、。
コロナ禍で劇場内はお喋り禁止なので、丁度良かったのかも知れません(笑)。
初めて発した言葉が、
「土居さん神だね」
でした。
『神』という言葉は簡単には使いたくないのですが、神以外思いつかなかった。
年齢の事に触れるのは失礼かもしれないけれど、、。
還暦を超えているのに、全く衰えない歌声は本当に素晴らしいと思います。
音楽座時代も土居さんの王子を拝見しているのですが、今回の方がより王子らしかったと思いました。年齢を重ねた分だけ、一つ一つのセリフに説得力が増したのですよね。
もうね、話の内容も、演出も、ミュージカルナンバーも出演者も全てが素晴らしかった
どれも私好みで、こういう作品を求めてたんだなぁって、心の底から思いました。
演出は音楽座の時と変わっていました。
当時は舞台上にあんなに穴は空いてなかったですし、プロゼクションマッピングも美しくて現代的な感じになっていましたが、リトルプリンスの世界観を全然壊してなくて、良い風に変化していました。
砂漠の砂や、宇宙を渡る鳥達もアンサンブルさんが表現していたのも良き
哲学的なセリフを咀嚼して想像力を働かせてじっくりと味わえるこの感覚。
感情が置いてきぼりにならないのです。
この感覚は、私がしつこい位ブログで書いている、レ・ミゼラブルの旧演出を観た時と全く同じ。
特に、2011年6月に観た旧演出最後の舞台の時を思い出しました。
当時、帝劇100周年を記念したスペシャルキャストとして島田歌穂さん等オリジナルキャストが集結していました。
演出も出演者も何もかもが至高過ぎて、『今後この感動を超える舞台はないだろう』って思ってしまいました。客席で号泣を通り越して、嗚咽状態😅💦
一週間位ずっと、心ここにあらずで放心状態でした。
あの時と同じくらい感銘を受ける舞台に再び出会えるなんて、、。
観劇を続けていて良かったです。
歌穂さんが『オン・マイ・オウン』を歌った時と、土居さんが『シャイニングスター』を歌った時の空気感が同じだなぁと思いました。
どれだけ素晴らしいのか、上手く言葉で表せないのですが、歌の世界観へ連れて行かれるあの感じ。
再び出会えた事の奇跡に咽び泣いてしまったのも歌穂さんのエポニーヌの時と同じです。
歌が上手いミュージカル俳優さんは沢山いるけれど、心を動かされる歌い手はそうそういません。
一幕最後の♪アストラル・ジャーニーでも大泣きしてしまい、歌声を聞いて泣いてばかりでしたが、セリフもヤバかった。
土居王子が飛行士に、
『かなしい事はそう長く続きやしないよ』
という言葉が、胸に響きまくり、涙が止まりませんでした。
この様な世の中だから余計に響いたと思いますし、今の年齢の土居さんだからこその説得力なのだろうなぁ。
あの王子の笑い声も泣けてくるのは何でなのでしょうね。
そして、ラストの『シャイニング・スター』の歌声は、震えが止まらなかった。
なんだか支離滅裂な文書になってしまってすみません。
数日前から、この公演の感想を書こうと思っていたのですが、上手く文書に出来なくて、書いては消してを繰り返していました。
やっとの思いで書き上げたのですが、やはりうまく纏まらなかった😅💦
もう少し落ち着いたら、キャストの感想を書こうと思います。