ベトナム戦争の話でとっても重いのです。
延々と続く若い二人の結婚祝賀パーティー。
飽きるほど見せつけられる楽しいシーンに続くのは、
自由な米国の中にあって異文化を持つ若者たちの生きざま。
追い詰められた鹿は、断崖を登って逃げていきます。
もう、どうにもならぬと悟ると敵の手に落ちるより谷底へ自壊のジャンプを選びます。
急峻な斜面を駆け落ちて自身の質量に敗北してしまいます。
鹿狩りはその一瞬のタイミング、鹿が自ら落ちる前にハンターが引き金を引くゲームです。
鹿は死ぬことが決まっています、自ら谷底に飛び込むか撃ち殺されるかのどちらかです。
ハンターの目と鹿の目が対峙した一瞬がゲームの醍醐味。
鹿を仕留めたのか仕留め損ねたのかはハンター本人だけが知ることになります。
ロシアンルーレットは死を賭けたゲームです。
こめかみに銃口をあて、引き金を引くのは自分自身、結果は自分の生死です。
戦場シーンでのゲームは強制されて引き金を引くので本来のゲームでは有りません。
自分の意思で引き金を引くことにゲームの醍醐味が有るのです。
画面からは鹿と同じような習性を人も持っていることを教えられます。
R・デニーロは鹿の目と、狂った人間の目と、両方を見る役を演じます。
鹿が増えています。
害獣と捉えられて久しいが、
この頃は列車を止めたり村の娘を襲ったりと極悪ぶり。
長く保護されてきた結果がこうなった。
実は若い雌鹿の肉は美味しいのです。
特に背中の一部の肉はとっても美味しいのですが多くの人はその味を知らないままです。
狩猟期にも雌鹿は撃ってはいけないことになっているのですが、
過ちや間違いはいつでも確信のもとに起こります。
神の使者である鹿の、わずか手の平に乗るだけの美肉を食べてごらんなさい。
おつむに角が出てくるほどに美味しいのです。
私の知るディア・ハンターのお話。
彼は背肉の味を知っていました。
深夜、
彼が操る車の前方でキラリと光る目を見つけると、
彼の目はギラリと光り、照準は前方の獣にロックオン。
夜行性の鹿はヘッドライトに目がくらみ動けなくなる。
偶発事故?で鹿を引き殺してしまった彼は、
ナイフで鹿の背をえぐり取り屍は谷底に落としてくる。
光った目に出会うとアクセルを踏む習性が彼にはある。
轢き損ねて自身が谷底に落ちたことも過去2回。
徘徊老人の目だと気付いて急ブレーキを踏んだこともある。
彼の車の前部には獣の血や毛がこびり付いている。
私はまともに見ることは出来ない、そこに人毛を見つけるのが怖いから。
おすそ分けにありついた私は、赤い美肉を噛み下しては怪しく目が光ったのを覚えています。
誠に美味い。
本当の話ですよ。
もっと本当?の話、
奈良県職員の半数は鹿です。
その隣県にも、
某市立病院職員は鹿、または鹿より少し劣る人たちです。
奈良公園の鹿は売れる前の鹿せんべいは食わないように良くしつけられていますが、
人間の形をした鹿は野放しのまま働かず、市民の税金を食っています。
害獣駆除に頭を悩ます当局は、自分たちの頭に角が生えていないか、鏡を良く見てみるべきです。
