犬と散歩のm氏です
m氏と共に渡船で尾鷲から熊野の磯場を狙う。
この辺は鉄道も近年まで未通であったという、陸の孤島なのです。
リアス式の海岸を海から見ると絶壁となってそそり立っています。
悠久の自然の営みが近寄り難い奇蹟の風景を創っているのです。
その絶壁に人が乗れそうな場所を見つけて、そこで釣るのです。
日の出を待ち何隻かの船が絶壁に向かって場所取りのレースをします。
この辺の漁船は速い、巨大タービンが唸りをあげてすっ飛ばしていきます、
過去には転覆事故も起こしていますが、客は無頓着です。
船頭は慣れと度胸で、次から次へと客を岩場に”配って”いきます。
岸壁にぶつかる波で船は不規則に揺れ、接岸タイミングは難しい。いや
接岸などとても出来ないので、ホバリングする船の舳先から客は岩場に向かって飛ぶのです。
船頭がマイクで合図をする、”はい、飛んでっ”と、
客は船首に並んで自分が飛ぶ順番を待つ、
合図とともに”船頭を信じて”・・飛ぶ。
ずっしり重い荷物は後から投げてもらう。
中には足場板を持って飛ぶ人もいる、降りた場所に平坦が無いのです。
岩に足場板を敷き、一日中狭い板の上で釣ることになるのです。
高波が来ても逃げる場所は無い、もちろん誰も想定などしていない。
客は釣果情報を持っているので、あっちだこっちだと船頭に釣り場所を指定する。
おっとりしたm氏はもちろんそんなさもしいことは言わない。
一番最後まで残って「何処でもええでな~」と言うと船頭は「あいよ~」と答える。
船頭は後方から来る海のうねりを読みつつ絶壁に船を突進させていく、
激突寸前に全速逆進、エンジンが唸りスクリューが海水を泡だてる、
絶壁の直前でホバリングしている船を後方から来るうねりが押し上げてゆく。
今日一日の釣り場となる場所が現れる。
”はいっ、飛んで”
二人揃って飛び、受け身で転がる。
無事岸壁にへばりついて釣り仕度を始めると船は帰っていく。
後ろは絶壁、前は海。
釣り人は与えられた場所で”楽しむ”以外に選択肢は無いのです。
しかし、冬に日陰に乗ってしまい、死を覚悟する失敗も又、経験するのです。
船頭は時たま気が向いたら、客が”減って”いないか見回りに来てくれます、
でも、基本自分の身は自分で守る自己責任です。
絶壁の上から何十メートルもロープが垂れてる場所もあります、
このロープは何に使うのかいな、
陸側からこの場所へ降りて釣りをした屈強な人がいたのか?、まさかね
避難用ロープだなんてことは・・無いよな、無理だろう
身動き出来ない所で一日中、”釣りを楽しむ(苦しむ)”
声の通らない遠くで他の釣り人の様子も見えます、
一日中日陰の場所で凍えてる人と、一日中日射に焼かれている人の両極端が見える、
過酷な状況にもめげず、皆一様に大物を釣りあげようとの夢中にある。
夕刻、幸い全員が船に回収されると、
火傷の如く日焼けをした人の隣で蒼白に震えている人がいたりして、
釣果も含めて悲喜こもごもの様相となるのです。
一般的に帰りの方が船は軽くなって?燃料代も掛からず船頭は嬉しい。
もちろんm氏はずっしり重い土産を確保しているのです。
疲れ果てた釣り人のうつろな目を見ると、
既に大方は次なる冒険へ向かって夢の中に落ちてしまっているのです。