僕には、広汎性発達障害(PDD)あり、正確にいうと、アスペルガー症候群だ。
ただ、典型的なASDではなく、空気は普通に読める。
ADHDが強く入っているからかもしれない。
ついでにHSPも強い。
空気は読みすぎるくらい読んでしまうから、「逆アスペルガー症候群」かともいえるかも、とか思ったりする。
僕は、賢いとか、頭が良すぎるとか言われることが多いけど、そういうのは人間性とは無関係で煩わしいものだと思っているので、あまり言われても嬉しくはない。
ただ、今から話すのはそういう話ではない。
頭が並に良いなら、得だと思うけど、頭がずば抜けて良い場合、それはれっきとした障がいの扱いにすべきだ。
なぜなら、高過ぎるのも、障がいだからだ。
苦しみを伴うからだ。
僕は物事を連想するスピードと、映像や音などの記憶力が際立って高い。
だから、吐き気がしたり、意識する前から自動思考という考えの浮上が生まれるため、周りからは考えすぎに見えるだろうけど、それの影響で絶望したり、いろいろと「生き辛さ」がある。
以前は、(これはあまり公言は控えていたけどこの際敢えて言う)精神科医を目指していた。
僕の好きな病院の後継ぎがいないから、僕が医師になってみんなを診たかった。
それも良い生き方だと思う。
医療で人を救えるのなら、僕は嬉しいからだ。
ただ、こういったブログの様に、幅広い人に僕の気持ちを知ってもらい、ある種の交流の場として機能させることは、悲しいことに精神科医にはできない。
ブロガーならできる。
僕は、ベテランのブロガーになりたい。
まだ駆け出しではあるけど、「千里の道も一歩から」だ。
今回は、僕の障がいに関して、包み隠さず話した。
今の時代、障がいのカミングアウトは芸能人でもするくらいだから、これくらいしたかった。
批判があっても気にしない。
万人に好かれる人はいないのだから。
言葉が乱雑にされている時代だからこそ、宝石の様に、野に咲く花のように優しい、美しい言葉を届けたい。
そうして、苦しみを優しさで包みたい。
それは、僕にとっての幸せかもしれない。
辛く悲しい気持ちが、僕のブログで虹色に輝くと嬉しいな。