小さい頃から海で泳ぐのが好きで、良く父親に近くの海に連れて行ってもらって行っていた。


「タイドプール」という、浅瀬の岩の上にできる小さな海水が溜まるくぼみがある。


そこにはヤドカリやイソギンチャクがたくさんいて、日に当たっていながら足を浸けて、僕は日がな一日生き物の観察をするのが大好きだった。


そこはまるで水族館という感じで、その中に生態系があるような、ひとつの世界になっている静かな空間。


大量の本を貯蔵している大規模な公立の図書館の様に、無知な僕を、夢の世界へ誘ってくれる、そんな優しい世界の入り口。


海の底は、どうなってるんだろう。

宇宙の果ては、どうなってるんだろう。


空想は現実を生み、ある種の特殊な聖域を生む。

僕はそういうマイワールドに浸るのが、大好きだった。


ヤドカリは、何を食べているんだろう。


生温くなったタイドプールの海水に足を伸ばし、いろいろなことに想いを巡らせていたら、いつの間にか日は暮れ、眩い夕日が背中に映し出されていた。


幻想的だった。

無心になっていた。


夜の神社の境内のベンチに、赤いスポットライトが

灯りを灯している。


その世界に浸ることを、聖域を、「マイワールド」と呼んでみよう。


「タイドプール」も「マイワールド」の入り口だ。


様々な異世界へのチャネリングの手段は、意外と近くに転がっているものだ。


日常の中に、非凡を見出してみれば、価値観や世界の認識の仕方も、おそらく変わる。


世界は広い。


豊かな感性は、いつでもどんな年齢からでも磨けるはずだ。


AIが横行し、人が描く心象が失われて行くこれからの時代、あなたも「マイワールド」に浸ってみてはいかがかな。


いかがかな、じゃねーよ、と僕は思った。


これはこれで、僕なりのマイワールドかもしれない。