怪談 交通整理員
これは実体験である。2023年の秋、友人と外房に夜釣りに行ったときのことである。釣り場の港に着くと友人は待ってましたとばかりにすぐに釣りを始めた。港は平日とあって誰も居ないようだった。私はいつもその友人が何かを釣るまで様子を見ることにしている。釣れなければ別の場所に移動するためだ。この時、私は少し腹の具合が悪くて少し不安に感じていた。「○○、ちょっとコンビニに行ってトイレ借りてくるよ。何か欲しいものはあるか?」「いや。特にないけど・・・そうだなブラックのアイスコーヒーでも頼むよ」「分かった。ちょっとヤバイからついでにガソリンも入れてくるわ」「あいよ」ヘッドライトに照らされた友人は街灯の下で竿を手に海面を覗き込んでいる。真っ暗な道を5分程戻るとコンビニの灯りが見えて来た。田舎のコンビニは一台の車も止まっていない。私はトイレを借りると友人に頼まれたアイスコーヒーと自分用にホットミルクティーを買った。時計を見ると21時を少し回っていた。カーナビで近くのガソリンスタンドを探すと数件が表示された。しかし、数件のスタンドに行ってみたが全て閉店していた。田舎の夜なんてこんなもんだよなと呟く。スタンドところか殆どの店は灯りを落とし、通りは人の姿はなかった。カーナビの案内では少し離れたところにもスタンドがあると表示されていたので私はそこに行く事にした。ナビの案内に従い進むと徐々に民家が減って森と畑しかない舗装された農道のような道になっていった。やがて道路は街灯も全くない山道に入って行く。これまで一台の対向車ともすれ違っていない。「山の中じゃん。こんなところにスタンドなんてあるのかなぁ」私が呟きながら車を走らせていると遠くに工事用の赤い点滅灯が幾つか目に入った。少し速度を落としてその箇所に近づくとギョッとした。ライトに照らされた先、警備員のような制服を着た人影が一人立っていたのだ。通り過ぎる時に警備員の顔がチラと見えたが中年の男性で、なんとも無表情な顔でこちらを見ていた。おかしいだろう、こんな交通量のない山道に交通整理などいらないではないか。工事の規則なのかも知れないが、こんな夜中に山に一人とか信じられないと思って通り過ぎた。それにしてもあの人はどうやってここに来たのだろうか、周囲に原付や車は止まっていなかった。もしかすると会社の車でここまで連れてこられたのかも知れない。ひどい警備会社もあるもんだ、そんな事を思いながら車を走らせると峠に差し掛かった。峠を下ると隣の町に着くらしいがどう見てもスタンドがやっている雰囲気ではない。これは戻って大きな町に行ったほうが良さそうだと思い車をUターンさせることにした。先ほどの道を戻っていくと遠くに赤い点滅灯が見えて来た。なんか可哀想だから一声掛けてやろうかと思いつつ速度を落とした。さきほど警備員が立って居た辺りに車が近づいたところで私は背筋に悪寒が走った。なんとそこに立って居たのは警備員ではなく警備員の絵が描かれた看板だったのだ。先にすれ違った時は確かに中年の男性だったのに・・・。見間違いか、そんなはずはない。私はアクセルを強く踏み込み車を加速させてその場を離れたのは言うまでもない。