悪性腺腫 adenoma malignum

「細胞学的に増加した腺管が良性にみえるが子宮頚部深部に浸潤しリンパ節転移をきたす予後不良の疾患」を歴史的*1*2に「悪性腺腫 adenoma malignum」という名称がもちいられたが, 現在では生物学的特性を表現する最小偏倚性腺癌 minimal deviation adenocarcinoma(MDA)の名称が望ましいとされている。extremely well differentiated adenocarcinomaという呼び方もある。
「高分化粘液性腺癌」(もあるはずですが)と悪性腺腫の鑑別に, はっきりした基準はない。

子宮頸癌取り扱い規約に記載された定義
「腫瘍の全体が高度に分化した粘液性腺癌からなりほとんどの腺は組織学的に正常の内膜腺と区別できない。しかし少数の腺は異常分枝および著しい核異型をしめし, あるいは(間質の)結合組織反応あるいはこれらの像の両方をもつことが多い」

子宮腫瘍病理アトラス
lobular endocervical glandular hyperplasia」に類似した高度に分化した部分に加えて明らかな浸潤腺癌の部分をもつ腫瘍で広義の高分化粘液性腺癌にふくまれる」

粘液産生性腺癌の一型で, 頻度は子宮頚部腺癌の1-3%を占めるまれな腺癌。多くは内頚部型粘液腺癌であるが類内膜癌の報告もある。平均年齢は42歳、48.3歳(25-63歳)*3などの報告がある。

悪性腺腫を実際に診断するのはどうしたらよいのか*4*5?  

悪性腺腫の悪性の根拠となる病理所見
lobular endocervical glandular hyperplasia (LEGH)を提唱するうえで Nucciらは
(1)丁寧な組織検索において病変内にいくつかの異型上皮成分がみつかる.
(2)腺管の不規則な間質への広がりとそれに対する間質反応がみつかる
ことでlobular endocervical glandular hyperplasia (LEGH)と鑑別ができるとしているが「上皮の異型」,「腺管の不規則なひろがり」, 「間質反応」がどの程度を指すか具体的な表記はない。

同様の記載がみられる成書や論文が多いが, やはり具体的な記述はなく, 掲載の写真もLEGHとは区別できない部分のことが多い*6*7

婦人科病理を専門とする医師4名による悪性腺腫やLEGHと診断された52症例の検討で各施設の基準をもちいた診断では診断の一致はみられず, 本来, 単純摘出ですんだはずのLEGHが「悪性腺腫」診断例の中に含まれていた可能性が示唆された。*8

これでは婦人科病理が特に得意ではない, 病院の1人病理医がなかなか正しい診断をくだすことは困難な状況といえる。

悪性腺腫診断のため採用された基準  

上記の検討(文献#8)でLEGHとした例が予後良好で悪性腺腫とした例が予後不良であった施設の基準を採用*9により手術標本診断率の一致が見られた。

「悪性腺腫」は LEGHに類似した腺管を有する高度に分化した内頚部腺型の粘液性腺癌で,
明らかな浸潤性腺癌(注: 文献5には異型が明らかな腺癌の図が載っている)を伴っているものと定義。以下の2つも「悪性腺腫」に含めた。

  • いかにもLEGHを呈する腺管の一部に浸潤癌成分を伴うもの
  • collision tumorのごとくLEGHと浸潤癌の共存したように見える症例(LEGHを合併した通常の腺癌との鑑別点は設けない)
  • LEGHに連続する明らかな上皮内腺癌(AIS)成分を合併した例はLEGH+AISとした。

要するに「腺癌成分による浸潤の有無」こそが広範子宮全摘術の必要性を説明しうる所見であるということが示唆された。

悪性腺腫は、悪性である(浸潤腺癌)が組織学的に悪性と断定できる部分はごく一部で残りの大部分は良性(腺管)と区別できないもの--ということになる。

術前の悪性腺腫鑑別診断へのチャレンジ  

画像所見

  • LEGHが子宮狭部から頚部の高位に病変中心が存在する傾向があるのに対して
  • 通常の内頚腺型腺癌は子宮膣部中心に広がる傾向がある
  • 悪性腺腫は頚部全体に広がっている例が多い。
  • Nabothian cystを除けば多房性嚢胞を形成するのは悪性腺腫や通常内頚腺型腺癌よりもLEGHに顕著である*10
    限局性の多房性嚢胞形成が悪性腺腫の特徴であるという考えは誤っている。むしろ腫瘍自体が嚢胞を形成することは少ない.(文献#6)

細胞診断

  • パパニコロウ染色で黄金色の粘液があると悪性腺腫であるというのは誤りである
  • LEGHの細胞もLEGHと区別できない腺管上皮片も同じく, スルフォムチンの激減したシアロムチンよりなる中性粘液を産生し, 黄金色の粘液をしめす。
  • LEGHにも細胞の異型が出現する症例(LEGH with atypia)やAISを合併したLEGHが存在することは細胞診をさらにややこしくしている。黄金の粘液に異型細胞が混在してもこれらの鑑別は不能である

出血や著明な水様性帯下が見られ, 画像で頚部病変が疑われ(多嚢胞性病変を含む),生検やconization(この場合は扁平上皮癌におこなわれるより、より高位までのconizationが必要である)により 明らかに浸潤腺癌が認められれば悪性腺腫ほか癌腫と診断し積極的に手術が行えるが
悪性所見が認められない場合のコンセンサスは得られていない(文献#6)。実情は生検組織検査がなくとも悪性腺腫が積極的に疑われ子宮全摘がおこなわれていることも多いと考えられる。 生検・conizationで明らかな浸潤腺癌がみつからない場合, 検体の不良が完全には否定できない。この場合経過観察してもほぼ安全であるという確実な証拠はいまだ得られていない。

術前検査で悪性の確証を得られない場合もおこりうることが現在の悪性腺腫鑑別診断の限界であり、十分な画像・病理診断検討をおこない, インフォームドコンセントにより承諾を得て子宮全摘を行って詳細な組織検索をおこなうこともやむをえない選択肢として排除できない。

LEGHが悪性腺腫の発生母地である可能性が近年指摘されている。LEGHに悪性腺腫が合併する頻度あるいは後に発生するリスクがどの程度か、LEGH with atypiaへはどう対処するのかも解明するべき問題点として残っている。