私の心には「母」がいない。
実母に育てられたのに何故だろう?
母は両親から勉学や習い事を強いられることなく育った。
大人になってからそのことを「親を恨むほど後悔した」という。
小学校へ通う間、母は私の勉強をみてくれた。
私の従姉の成功が羨ましかったのだろうか、母は私にピアノを習わせた。
学校から帰宅すると部屋に一人閉じ込められ、
ピアノの練習と勉強のため友達と遊ぶことを禁止された。
何年か経って私は勉強もピアノも良い成績を修めるようになった。
母は私を褒めることはあったが馬鹿にした口調なのでまるで嬉しくない。
ある時「今度オール5の成績を取ったらお母さん逆立ちして家中を一周する」と言う。
次の期末の成績は「オール5」だったが母は約束を守らなかった。
別に母の逆立ちが見たかった訳ではない。
幼い頃から私の心は虚しかった。
父はずっと家庭や子育てに無関心で、時々つまらないことで癇癪を起しては
怒鳴り散らす。母に手を挙げて殴るフリをすることもあったようだ。
鏡の前で髪を整える姉を見て母は私に「学校で男に見せるためなのよ。
色気付いちゃって、嫌らしい。」と言った
だから高校生の私はいつも長い髪を頭の後ろで一つに束ねていた。
すると母は言った。「そういうのをバカの一つ憶えっていうんだよ。」
「色気違い」と呼ばれるよりはマシなので卒業まで同じ髪型で通した。
この頃母に服や下着を買ってもらった記憶がない。
休日に友達と会うときや、体育の授業の着替えの時間は恥ずかしかった。
大学生になり少しでもお酒の匂いをさせて帰宅すると母は
「のんべえ!あばずれ女!」とヒステリックに叫んだ。
その後「私がアル中で困っている」と親戚や私の友人の親にまで相談したらしい。
クラスやサークルの飲み会に参加しただけだったのに。
そういえば母に服を買いに一緒に街へ出たことがある。
私は「これが欲しいな。」と気に入った服を母に示すが、
母は「そんなのみっともない」と一蹴するので結局何も選べない。
毛玉だらけのセーターを着て外出しようとすると母は
「ちょっと、何?その貧乏臭い服は!」と睨みつけた。
私はどんなに頑張っても心から褒めてもらえず、
私が母の思い通りにならないと、無視され、怒鳴られ、憎々しげに
否定的な言葉を浴びせられた。
私はいつも無気力で、生きることはつまらなかった。
母は「○子には、お母さんが一生懸命躾をしても無駄」と言うが、
私には親から躾を受けた記憶がない。
私に躾を教えてくれた人はピアノの先生、本やテレビ、
5年間も付き合ってくれた彼氏、そして職場の上司。
心温かい彼氏や上司は私の心の拠り所だったけどもう付き合いはない。
実家は私にとって
心が安らぐ場所ではない。