思い出すことがあったので、書かせてください。
むかしむかしの話です。
祖父は先生をやっていたのですが、
特に植物に造詣が深く、
祖父の家は日本や海外の見たことのない
あらゆる植物が温室内も含め、たっくさん
育っていました。
みんな健康そうでした。
まさにジャングルでした
小さなころに、
「これならぽこにも育てられるだろう」
とものすごく丈夫だというサボテンを
何種類かくれました。
ちなみにどれも輸入禁止の、、
招かれたどっかの奥地で自由に採取してきた
貴重な品で、、
まあ…当時の時点で時効もののお品です
それを枯らしてしまいました
わたし、なんでも枯らすんです……
この時に気付いたので極力植物のない生活をしています。
庭は最小限の植樹にしています。それでもやらかした年が
ありますが
枯らしたことを謝る前に
祖父は亡くなりました。
お通夜もお葬式も、
戦前の生徒さん👴から
戦後の生徒さん👨凄そうな人結構いた…まで
ずーーーーっと弔問客が耐えなくて。
知らない方がたくさん号泣してくださって。
「不良少年を更生させる神」と呼ばれてたという
胸アツエピソードまで聞いて。
祖父は天職についていたのだなと感じたのです。
急に亡くなったので当日庭の植物は変わらず
わんさかしていましたが、
持ち帰りたい方には極力持ち帰っていただき。
枯らすようなわたしは当然🙅♀️
知り合いの庭師さんや植木屋さんや、、、
提供しまくって、それでもたくさんの植物たち。
祖父家の家族が水やり頑張ったそうですが、
次々に枯れていったそうです。
わんさかジャングル、、
維持するのに技術が必要だったよね。。
…植物も、いつもの人に会いたかったよねと
思ったのです。
ちなみにおじいちゃん、亡くなったとき
きちんと座ってました。微笑んで。
めちゃくちゃ熱くて怖くて優しい先生
だったそうです。
おじいちゃんらしい最期ねと、
みんなで泣き笑ったのが思い出です。