『母と子』という病 著 高橋 和己

被虐待児に共通の心の傷
〜本文抜粋〜
〈模擬事例3-D〉の秋花さんのように
Dタイプの母親に育てられた子は、
豊かな母性(愛着関係)を
知らないままに大人になるので、
いつも心の奥底に捉えどころのない
不全感を抱えて生きている。

エリクソンが
青年期の心理発達課題とした
『自我同一性の確立』は、彼らにはない。

なぜなら、
最初の愛着関係がなければ、
エリクソンの心理発達の初期条件
『基本的信頼』は確立されず、
以後の心理発達も正常に進まないからだ。

そのために彼らは社会の中で
自分が誰なのかを知らないし、
自他ともに認めるような自我を
持っていない。
足場のないまま、
浮き草のように社会の中を漂っている。

秋花さんは外から見れば
軽い心理的虐待(ソフトな虐待)を
受けただけと見えるが、
その心の傷は深く、
それは被虐待児(者)に
共通の傷でもある。

なぜなら、
身体的虐待には
必ず暴言や脅しという心理的虐待を伴い、
ネグレクト(養育放棄)には
無関心・無視が伴い、
性的虐待は言うに及ばず、
虐待は子の心に深い傷を残すからである。

愛着を求める子どもの心を
踏みにじるような母子関係、
子どもの素直な愛情を
無視するような母子関係が
どんなものであるか、
コフートの自己心理学
に沿って見てみよう。

『健全な自己愛』(コフート)は、
どのようにして成長するのか

母親が子どもの気持ちに
反応してくれないと、
子は『自己愛』という
健全な自分への愛情を
育てることができない。

そういう人は
生涯にわたって自分を卑下し、
自分に自信を持てない
抑うつ的な性格になってしまう。

そう分析したのは、
『自己心理学』を打ち立てた
ハインツ・コフートである。

〜途中割愛〜

コフートは、
『健全な自己愛』の成長は、
子どもが生まれながらに持っている
自分への愛情、
つまり『僕は偉いんだぞー』、
『わー、私すごいよ、生まれてきたよ!』
という気持ちを、
母親が受け入れてくれるか否かに
かかっているとした。

『自分は能力があり完全で、
その自分を褒めてもらいたい』
と思うのは人間の根本的な欲求で、
彼はそれを『誇大的自己』と読んだ。
子どもの健全な『誇大性』、
健全な『自己顕示』である。

仮面ライダーのベルトをしめて
闘いのポーズをとっている男の子に、
母親は
『おおすごいね!かっこいい、強いぞ!』
と声をかける。

男の子は満面の笑みを浮かべて、
自分はすごいんだ、僕は一番、
何でもできるんだ、偉いぞと思えて、
健康な自己愛が育っていく。

3歳の女の子が
ビーズのネックレスをつけて、
母親に自慢している。
『お母さん、どう私、
似合う?私きれい?』
『あらあら、素敵ね。とっても似合うよ』
女の子は自分のすべてを
認めてもらえたような万能感を感じて、
この世に生まれてきてよかったと思う。
自分は特別だと思える。

きれいな『鳥の羽』を見つけて、
それを母親に自慢する女の子は、
眼を輝かせ、満面の笑みを浮かべ、
鳥の羽に託して
自分の
『曙の喜びと
飛翔の希望の物語をささやく』。

母親から
『うわー。きれいだね。
すごいものを見つけたね』
と返してもらって、
女の子は胸を張って
未来に歩いて行こうとする。

子どもの自己愛、誇大的自己に
豊かに反応することを、
コフートは
母親の『共感的応答』と述べた。

能力があって、完全で、
偉い自分を褒めてもらいたい子は、
それを母親に求める。

母親との交流を通じて
子どもは『誇大的自己』
=健全な『誇大性』・健全な『自己顕示』
を自分の中に定着させる。

それをコフートは
『野心』と呼び、
生涯を通じて人の意欲の源泉になり、
健康的で創造的な活動を行う
力となると考えた。


自分の存在がバラバラ=『自己の断片化』

逆に、
この『野心』が定着しないと、
その人は自己の存在を認められず、
自己評価を維持できなくなり、
いつも自信がなく、
不安で、抑うつ的で活気がない人間
になってしまう。

自分はここにいていいのか、
自分は生きていていいのかと、
その心の底には空虚を抱えている。

これをコフートは
『自己の断片化』と呼んだ。

自我が脆弱で壊れやすいので、
それを支えるために
常に異常な緊張と不安をもち続ける。

自己の断片化は、
Dタイプの母親に
育てられた子の傷である。
彼らは生涯、
この断片化を抱えて生きる。

なお、コフートは
『自己愛』を『自己対象』と言い直し、
この用語が用いられることも多い。

自己対象とは『自分はこんな自分』
と思う自己像であり、
それを承認してくれる相手である。

自分は偉いと自分で思えれば、
つまり健康的な自己愛があれば、
あるいはそれを認めてくれる
自己対象を持っていれば、
他人と対等に付き合っていけるだろう。
しかし、
自分は偉くないと思っていれば、
人前で自分を卑下し、
自己主張ができなくなってしまう。

生まれて最初の自己対象を
与えてくれるのは、もちろん母親である。

生まれてた直後から
2歳くらいまでの間に、
人の心の基盤である
自己愛ができあがる。

その時期を逃してしまうと、
おそらく、
生涯を通して自己愛を確立することは
困難である。

『鏡転移』という治療法

コフートは、
幼少時に母親から傷つけられ、
未発達のままになった自己愛を
新たに構築するには
深いレベルの精神分析が必要だとした。

それを行うには、
カウンセラーとクライアントの間で、
鏡転移(鏡自己対象転移)
という特別な『心理的な繋がりの体験』
を持つ必要があるとした。

この治療は、
小さな子がアニメのヒーローのまねや
花で作ったネックレスなどを
母親に自慢して、
それをそのまま認めてもらえた体験と
同じ心理を精神分析の中で
再現することである。

自慢したい気持ち、ほめられたい気持ち、
賞賛されたい気持ちを治療者に見せて、

治療者はそれを受け入れ、
鏡に映し出すように
本人に返してあげるという意味で
『鏡転移』と言う。

クライアントはヒーローの姿を
鏡に映し出して見せて貰うのだ。

それによって、
能力があり完全である自己を
ほめてもらいたいという欲求が満たされ、
自己愛(自己対象関係)が復活する。

私も、コフートとは違う方法であるが、
そのレベルでの治療を
行おうとつとめている。