しばらくブログはまた書かないだろうなぁ・・・と思っていたのですが、これはぜひ、皆さんにも読んでいただきたいな、と思った記事を見つけてしまい、また久しぶりに自分のブログを開けました。
結弦くんと牛田くんにも、この記事、届くといいなぁと思います・・・。
世界文化賞授賞のピアニスト、アンドラーシュ・シフが語った日本文化と音楽界
2025/11/1 10:00 産経新聞
私は前回と今回とオンラインでショパン国際ピアノ・コンクールを鑑賞(この記事を読むと観戦?と言いたくなります)させていただきました。
音楽のコンクールまでもがインターネットでLIVE配信される便利な時代となりました。クラシック音楽の裾野がこうした媒体を通して広がっていくのはとても素晴らしいことだと思う反面、違和感を感じずにはいられない気持ちにもなりました。
Youtubeに書き込まれる視聴者からのコメントは、時にはこれが音楽を愛する者のコメントか?と目を疑うようなひどいものも見受けられ、時代の変化とはいえ、ちょっと私としてはなかなか受け入れ難いものがありました。
と、同時に既視感が・・・。
なんか、フィギュアスケートのコメント欄と似てません???
牛田くん、幼いころからきっと、いろいろなものと戦って傷ついてきたのかもしれませんね・・・。
こちらが今回のショパン・コンクールの採点結果です。
なんだかフィギュアスケートと似てる気がしてしまって・・・。
採点表を見ると、審査員の傾向がある程度見えてくるし、同じピアニストに対する採点も本当にバラバラで、それ故、ここで勝ち進むということが、本来の意味とは別な意味でいかに困難なことか・・・が見えてくるようです。
私が感じていたことを、まさかのシフ様が言葉にしてくださいました。
世界文化賞の受賞者がそろった合同記者会見でシフは「受賞は誠に光栄です。私は他者が書いたものを再現することしかできません。残念ながら才能がなくて創造者にはなれませんでした」と演奏家の立場をわきまえ、謙虚に話した。そして「音楽はショービジネスではありません」と続けた。
ピアニストたちのインタビューを読むと、ものすごくその人の音楽性が見えてくるんですよね。ピアノは弾く人の考え方や人生をそのまま反映しているので・・・。
「コンクールは消えてしまえばいい」
会見と個別懇談会が行われたのは、第19回ショパン国際ピアノ・コンクールの結果が発表された直後だった。コンクールについて問われると、真っ先に「ベリー・バッド」という言葉が口をついて出た。
「私もオンラインで視聴していましたが、退屈してしまいました。コンクールは消えてしまえばいい。こういうことを言うのは少数派でしょう。音楽はスポーツではありません。芸術なのです。スポーツは速さ、距離などを測ることができますが、芸術は計り知れない要素の集合です。審査員のいるスポーツのフィギュアスケートなどは芸術に近づくと問題が生じるのです。人の趣向、エゴ、嫉妬心などの感情が入り込みます。芸術で測れるものがあるでしょうか。主観的な趣向だと思います」
ここでまさかまさかの「フィギュアスケート」という言葉をシフ様の発言から聞かれるとは思いもよりませんでした!!!具体的にどのフィギュアスケーターを指しているのか、ここからはわかりませんし、最近の一般的な傾向についての感想をおっしゃっているのかもしれないし・・・ただ、シフ様は結弦くんのフィギュアスケートもきっとご覧になっている!!!そう私は確信してしまいました。
シフ様のこの発言で、私が何となく感じていたことが腑に落ちました。
音楽に必要なのは「熟成」
シフは「音楽とワインは似ているところがある」と話す。その心は「どちらも熟成しなければならない」点だ。
結弦くんが、ショパンのバラード1番を何シーズンも演じたことを、当時フィギュアスケート界では疑問視するような風潮もありましたよね・・・。芸術の世界では当たり前の「熟成」という感覚が、スポーツと芸術の融合をうたうフィギュアスケート界ではまるで異端のようでした。
ショパン・コンクールの採点表を見ても、私には正直、何をもって評価されているのかよくわかりません。どの採点もとても主観的に見えてしまって・・・。
コンクールそのものを否定するわけではありませんが、やはり「○○コンクールで優勝したから」という理由でコンサートに足を運んだり、CDを買ったりする人々が一定数いることは事実でしょうし、耳に自信がないと、というか、自分を幸せに導いてくれる音楽が何なのかというのがそもそも自分でわかっていないと、経歴や肩書で判断してしまうというのはショー・ビジネス化したクラシック音楽の世界でもアルアルですよね・・・。でも、コンクールで優勝した後、道を踏み外してしまった人もいるし、すべての人が思い描いたその後のキャリアを詰めている訳ではありません。
シフ様のおっしゃっていることは、今のクラシック音楽界への警鐘なのかもしれないですね。
牛田くんのピアノにとても高い評価をつけていらっしゃる審査員の方々もいらっしゃいました。並々ならぬ牛田くんのショパンへの理解が、そうした審査員の方がにはきっと届いたのだろうと思います。
牛田くんの特に3次の演奏は、まるでショパンが降臨したかのような神がかったものでした。あの演奏に、私がもし審査員だったなら、正直、点数なんてつけられない・・・。結弦くんにも、点数なんてつけられない、そう思った試合の演技がいくつも、いくつもありましたよね。
この動画にある海外の方がコメントを寄せられていました。
「このコンクールで聴いたピアニストの中で、トモハル・ウシダの澄み切った優美で叙情的な音色は、私が想像するショパンの演奏を最もよく捉えていました。ショパンはピアノに歌を歌わせたいと強く願っていたので、生徒に歌のレッスンを受けさせていました。ここの審査員は、より重厚で外向的な音を好むようですが、ショパンは内向的な人でした!もしショパン自身がショパン国際コンクールに出場していたら、決勝には進めなかったでしょう。ウシダさん、素晴らしい演奏をされていますね。さあ、素晴らしいキャリアを築いてください。ショパンコンクールのことは忘れてください。ただの大きなサーカスですから」
多くのピアニストたちが、ショパンの楽曲を借りて自己表現に徹していたのに対し、ひたすらショパンの内面に向かってその心を、現代に生きる私たちに伝えてくれた牛田くん。
ピアニストの皆さんのインタビューを読むと、そのピアニストが何を目指してショパン・コンクールに出場していたかが見えてきます。
牛田くんはもう純粋にショパンと向き合ってきた・・・。本当にその集大成としての舞台だったのかもしれませんね。コンクールという舞台がなければ、きっとここまでショパンを深く掘り下げることもできなかったのかもしれません。だから牛田くんにとっても本当に意義のあるコンクールだったのだろうと思います。
世の中にはピアニストとして生きていくためにコンクールの経歴を必要とする人と、それがなくてもピアニストとして愛される人がいると思うのですが、牛田くんのような純粋でひたむきで真摯なピアノの音は、まずそれを作った天国にいる偉大な作曲家たちに愛されますし、それを求める純粋な人々たちにも愛されますし、もう自分の創り出す「音」だけでこれからも生きていける・・・そう思います。
■コンサートスケジュール
これからもどうぞ、自分の信念を曲げずに、その純粋さを大切に、古の作曲家たちの音楽を現代に生きる私たちに届けてほしいと思います。
結弦くんに憧れてくれていた牛田くんですから、絶対にピュアな人だと思っていましたが、本当にここまでとは・・・!!!いつか再会できて、オリンピックやコンクールの話も二人でできるとよいですね。そんな日が来ることを心から祈っています。
■皆さま、とっくにもう御存じだと思いますが、RE_PRAYの嬉しいお知らせがありました。
☆2026年1月23日(金)
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毎年12月が近づくとソワソワしていましたが、今年は少し寂しいですけれど・・・。
純粋な人を目にすると・・・心が洗われますよね。
毎週病院通いで、血液検査をしては少しずつステロイドの量を減らしていっています。顔の腫れがなかなか引かないのは辛いのですが、マスクがあるから見た目はなんとか・・・。
最近、少し眠れるようになってきました。
秋らしい日もあまりなくて、急に寒くなってきたような感じがしますが、皆さまもどうぞ、体調にはお気をつけくださいね。次回の更新はまたいつになるかわかりませんが・・・思い出した時にこのブログを訪れてくださったら幸せです。
どうぞそれまで皆さま、お元気でお過ごしください!