皆様、こんにちは!
皆さま、ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
皆さまは、今、幸せを感じていらっしゃいますか?
ある人は、誰にも自分の本心を理解してくれる人がいなくて
心さみしく、孤独の絶頂におられる方がいるかも知れません。
そんな心を知っておられる方が、おられる方が神様です。
皆さん、祈って見て下さい! 私は神様に祈る時は、目の前に
おられる思って、人に話しかけるようにしています。
本来は祈りではないのです。会話なのです。
「神様?」と言えば「何だ?」と言う神様です。
皆様が、喜びにあふれる人生を送っていただけるようにお祈りします。
では、今回はイエス中心とする摂理をお話しします。
つい数ヵ月前に、皆さんクリスマスをお祝いしましたでしょう?
私自身、イエス様の本当の姿を知ると、喜べないんだとお話ししました。
今回は、その理由を皆さんにもお伝えできればと思います。
今回お伝えする以外にも深い部分もあるのですが、機会を見てお話しします。
でははじめに、イエス様の誕生から見ていきましょう。
イエス様は、ヨセフとマリヤの家庭に生まれました。幼子であるイエス様を
ヘロデ王が殺そうとしたので、エジプトに避難し、やがてナザレに戻って来
ます。そして、12歳になるとエルサレムに行くようになります。その時から
天のみ言を伝え始めましたが、信じる者はいませんでした。親であるマリヤ
も、ヨセフも親戚である祭司長のザカリヤも、誰一人として信じませんでした。
それで結局、30歳になるまで、家庭を離れることができませんでした。
神様、アダム家庭を通して成せなかったみ旨を成就するために、イエス様
の時に、ヨセフの家庭とザカリヤ家庭の一族を中心とした摂理を準備された
ので、その基台を失うことができなかったのです。
ですから、時がなく、時が過ぎるのも惜しかったのですが、イエス様は、何と
してもその家庭をもって、み旨を成就させようと、その時を待ったのです。
イエス様は、昼間は義理の父である大工ヨセフの仕事を手伝いました。
イエス様は、大工ヨセフの手伝いをしながら、時を待っていたのです。
父親に木を切れと言われれば、鋸で木を切り、彫れと言われれば彫り、
削れと言われれば削りながらも、心情的には大工の助手ではなく、それを
通して家庭の基台を立てて、神様の目的を成就しようと身悶えしていらっしゃ
ったのです。
ですから、木を切る時には、人類の罪を切る心情で、木を深く掘る時には、
深く打ち込まれている原罪を抜き出す心情で、カンナで木を削る時には、
人類の罪悪を削る心情で仕事をしたのです。
イエス様は17歳の時に、母マリヤにすがって、『私がこの地に来た目的が、
何であるかご存じですか?私が来た目的は、一人の女性を探して神様の
家庭を築くことです』と、夜を明かして訴えられました。
ところが、母マリヤは、その基台を立てられませんでした。
どうして出来なかったのでしょうか?
事情があったはずです。10年後、27歳になって、また母マリヤに切に訴えました。
ところが、聞き入れませんでした。
そして最後に、30歳になった時に、夜を明かして母マリヤの服の袖にすがって
痛哭しながら、『他の人は知らなくても、あなたは私が誰なのか知っているでは
ないか。この基台をあなたが立たなければ、誰が立てるのか』と言ったのです。
その要旨は何かと言うと、結婚のことでした。
結婚の相手は、誰だったのでしょうか?
それは、洗礼ヨハネの妹だったのです。
マリヤはヨセフと婚約してから、ザカリヤの家にしばらく住み、イエス様を身ごも
って戻って来ました。そのような立場で、マリヤもヨセフも悩みました。
その時、ヨセフに天使が現れて、心配することはないと言いました。天使が、
『あなたたちの子は、神様の聖霊により身ごもったものだ』と言ったので、ヨセフ
はマリヤを妻として迎えたのです。
マリヤは自分のお腹の子が誰の子なのか知っていましたが、ヨセフにそのような
過去を話すことは出来ません。
ですから、洗礼ヨハネの妹をイエス様の妻とすることなど、考えることも出来な
かったのです。それで、マリヤは、イエス様の頼みを聞き入れることが出来ま
せんでした。結局は、イエス様が家庭を出ました。マリヤも神様のみ意を知らな
かったということです。
以前、洗礼ヨハネが不信した為、イエス様が十字架への道を行くようになったと
お話しましたが、もっと大きな原因は母マリヤが責任を果たせなかったからです。
マリヤは、イエス様お一人を誕生させるために準備された人でした
当時は、処女が身ごもったり、淫乱を行ったりすれば、石打ちの刑にされたので、
間違えれば、イエス様を殺してしまうことになります。それで、婚約者のヨセフに
天使が現れて警告し、マリヤを連れてきたのです。
また、マリヤとヨセフは夫婦生活をしてはなりませんでした。
ヨセフは天使長の立場で、真心を込めてマリヤに付き添い、マリヤは、イエス様
お一人を育てて、イエス様がメシヤの使命を果たせるように尽くさなければなり
ませんでした。ところが、二人は愛し合い、子供を生んだので、イエス様には
異父兄弟ができてしまいました。マリヤとヨセフは、イエス様の弟妹たちを愛し
イエス様のことは軽んじるようになりました。
祭りの時も弟妹たちはおいしい物を食べ、良い服を着ましたが、イエス様はそう
ではなかったのです。しかし、イエス様は、神様の息子として、それを妬むことは
できませんでした。
ですから、洗礼ヨハネよりもマリヤが、イエス様が十字架で亡くなられたことに
対する、より大きな責任を負わなければならないのです。
マリヤには、イエス様が身ごもった時から、神様が教えて下さったからです。
もし、マリヤが命懸けで、神様の目的成就の為にイエス様の行く道を開いたなら
ば、十字架への道はなかったのです。
神様の摂理は、ヨセフとマリヤの家庭を中心とした摂理であり、ザカリヤ家庭を
中心とした摂理でした。イエス様と洗礼ヨハネは母方のいとこ同士だったのです。
結局、洗礼ヨハネの妹とは結婚出来ませんでした。
律法中心の社会では、それが出来なかったのです。ですから結局、
摂理を成就できず、イエス様は十字架を背負うしかなかったのです。イエス
様はそれから3年間、公生涯の路程を歩むことになりました。
ルカによる福音書2章を見ると、イエス様は12歳の過越の祭に、両親について
エルサレムに行きます。過越の祭とは、モーセに従って出エジプトした時に羊を
ほふって家の門に羊の血を塗った人が助かったことを記念する行事です。
過越しの祭には子供たちをはじめ、皆エルサレムに行くので、イエス様もマリヤと
ヨセフについて行きました。ところが、他の人は皆、帰路についているのに、イエス
様は帰って来ません。イエス様は、一人残され、エルサレムの宮の中で座っていた
のですが、ヨセフとマリヤの二人は、知らずに1日路を歩いてきてしまったのです。
ヨセフは男性なので、イエス様のことを考えもせず、見失ってしまったとしても、
マリヤは母親です。瞬間的に、子供がいなくなったとしても、狂ったように探すの
が母親なのに、マリヤは1日路を行って捜し始めたというのです。
私も子供がいます。子供とどこかに出かけて、帰る途中で1日経ってから、いな
いことに気づくでしょうか?皆さんはどうでしょうか?1日経ってから、子供がいな
いことに気づくでしょうか? そうでないはずです。自分の子供でもいなければ
探すのに、まして、神様の息子であるイエス様ならばもっと大事にしなければな
りません。でも出来ませんでした。
なぜでしょうか?
イエス様のせいで夫婦がけんかし、イエス様のせいで家庭に不和が生じ、イエス
様のせいで一族が問題となり、イエス様のせいで近所が騒がしく、問題が多かった
のです。ですから、そのイエス様を連れて帰ることが出来なかったのです。
その時、マリヤがどれほど胸を痛めたかでしょうか?
町の入り口の所まで来て、ようやくヨセフが、『イエスはどこにいるのか?』と尋ねる
と、マリヤが山に置いてきたと言いました。ヨセフは、その時初めて、イエス様がつ
いてこなかったという事実を知ったのでしょうか?
そうではありません。
ついて来ていないのを知っていましたが、悩んだのです。
連れて帰らなければなりませんが、連れて帰れば、またたくさんの問題が生じる
だろうし、連れて帰らなければ、近所の人々に、自分の子でないから、イエスを捨
てたと言われるだろうし、悩んだ末に、結局、町に入ることが出来ずにイエス様を
捜しに行ったのです。
エルサレムに戻って、3日の後、イエス様が宮の中にいるのを見つけました。
その時、二人が『イエスよ、私達は3日間も探したのに、どうしてお前はここに
いるのか?』と尋ねると、12歳のイエス様は、『私がここにいることを、あなたがた
は知らなかったのか?』と答えられました。このように嘆息していたイエス様は
たとえ年は幼くとも、堂々と神様の心情を吐露したのです。そのイエス様の心情
が、二人には分からなかったのです。
イエス様の生涯路程は、本当に悲惨なものでした。
今日、キリスト教徒は、イエス様を、キリストとして、聖霊によって身ごもったと考
えていますが、イエス様の生涯路程は、悲惨なものだったのです。
イエス様は親の愛も受けられず、兄弟の愛も受けられなかったのです。33歳に
至るまで、愛を受けることが出来ず、愛の主人として来られながら、愛してみる
ことが出来なかった、かわいそうなイエス様だったのです。このような心情で愛の
世界へ入ろうというのですから、それはとても心痛むことでした。
ヨハネによる福音書の2章には、イエス様が親戚の婚礼に、弟子を連れて行った
時のことが記録されています。
それは二つの意味があります。一つは、歩き回って空腹なので、食べ物のある
宴会に弟子たちを連れて行き、食べさせたということです。
もう一つは、母マリヤが親戚の婚礼の手伝いをしながらも、息子のイエスを結婚
させようとは考えないのかと、母に抗議する意味があると考えられます。
その家に行くと、母マリヤがイエス様に、『ぶどう酒がなくなってしまいました』と
言いました。その言葉を聞いたイエス様は、どれほどあきれたでしょうか。
それで、イエス様は
『婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか』
と言い返したのです。
私が小さい頃、母親が親戚の家で御菓子をもらうと食べずに、
自分たちに分けてくれたのです。イエス様もそうして欲しがったことでしょう。
そのようなかわいそうなイエス様であったことを、歴史上知る人は誰もいなかった
のです。
それで、30歳まで、必死にヨセフ家庭とザカリヤ家庭で、神様の願いに答えようと
されましたが、ここでは基台を作ることができませんでした。それで、家庭を去って
行くしかありませんでした。
イエス・キリストの秘密 2へ 続きます。。。。
次回、アップします。
ここまで、読んで下さりありがとうございました。

