先日、大量の日本語の本を格安で譲っていただきました。
何せ大量な本を短時間に選んだものですから、知らない本ばっかりで、タイトルだけで決めるという大人買いだったのです。
もちろんとっても面白い本もあるのですが、
今読んでいる本は、共感覚を持つ人の話。
そういう人がいるというのは過去にどこかで聞いたことがあり、そんなに驚くことではなかったのですが、
日本人男性が書いたというのをかなり押してくるのです。
共感覚について書かれた本が、外国人によるものが多いのかもしれません。
日本人の男性が書いた共感覚の本がとってもめずらしいのかもしれませんが、
そこを押す重要性が今のところみえてこないのですねー。
そして、あんたにわかるかなー?みたいな気持ちで書かれたんじゃないか、と思うような文体なんです。少なくとも私には。
この人が共感覚を持つことで、不当な扱いをされたことがあるのかもしれませんが、
そんなもの、不当な扱いをする方がおかしいわけですよ。
人が世界をどう見るかそしてそれが私に危害を加えないのであれば、口出しするところじゃないじゃない、というのが基本姿勢なので、しょっぱなからとっても違和感。
特別視され続けてきたからなのか、特別視してほしいのか、普通の人たちを見下しているのかわかりませんが、とっても引っかかるかんじ。
そしてもっと驚いたことは、彼が本のかなり最初の方で、
「恋愛対称は女性じゃない」的なことを書かれているんです。
それ重要?まだ1/3ほどしか読んでないのでわかりませんが、今のところ全く不要な情報のような気が。
恋愛対称が女性じゃない、ということに対して考えられることは、
1、恋愛対称が男性である。
2、恋愛対称が人間以外である
ということが考えられるわけです。
それに対して私は、
私は女性で、恋愛対称は今のところ男性ですが、それをわざわざ口外したことはありません。
と思うわけです。
世の中には、恋愛対称が異性でない人たちなんて掃いて捨てるほどいるわけなんです。
それがどうした、と言いたい。
それに対して理解を求めないでほしいのです。
恋愛対称が異性でない人たちだって、ほかのいろんな偏見あるでしょ?と。
認められないものとか、嫌悪感を抱いてしまうものってあるじゃないですか。
私がいつも思うのは、法律の下では人はみんな平等なわけですよ。
誰も私の権利や生を奪うことは出来ないし、私もそれを出来ないわけです。
恋愛対称が異性でない人だから何なんだ、と思うわけです。
そんなことは陰でやってくれ、と。
いつだって少数派は何らかの制約があるわけです。
あんたが恋愛対称が異性でないなんてことは別にどうでもいいんだ、と。
恋愛対称が異性でない人がいて、恋愛対称が人間ですらない人だっているわけですよ。
それが、他の人や動物に危害を加えなければいいじゃないですか。
ただ、それを認めるか否かは自由なわけです。思想や思考は自由じゃないですか。
もうねー、読書の邪魔をされて、怒っておりますよ。