昨日、
一緒の時期から飲食経営やってた
高校時代からの友だちと
久しぶりにランチした♡


彼女は、
月に三桁〜四桁回すパワーを持つ人で、

昔っから、
のほほーんと生きてる私とは真逆で
信念がとにかく強い人だった。


私といえば、
三桁回すとなると
ひーひーすぐに音をあげる。笑



その彼女も数年前に離婚して、
ようやく怒りから解放された人で

その離婚劇は、
私が警察署まで一緒についていったほど

女の幸せとは程遠い結婚生活をしていた。



私たちってば、
何でこんな人生なんだろね?って、

単純に誰かにおんぶされて

稼いでくれる男の人に
ありがとうありがとう言って

楽をする人生もあっただろうに、
 

自分で財を築きたいみたいな情熱に燃えて
心身を壊すほどに過酷な道を選んでしまう


なんでこんな生き方してきたんだろね?って


それすらも
爆笑しながら語り合える
唯一無二な友だちなんだよね。



彼女も私と同じで、
ここ最近は事業を手放しの方に進んだ。


こんなに楽なのって思うよねって。



でも雇われって、
経営からおりた労働者って、

いくらお店が忙しくて
お客さんいっぱい回しても


あー今日は頑張ったし
売り上げも良かったし
エステにいこう!


とかできないの
辛いよねーとか。



でもそのかわり、
売り上げ悪いことにも
振り回されないのはいいよね、とか。



正解も不正解もない道を、
どの道にも良さも悪さもあることを、

ひたすら語り合った。



こんな強い女と語り合って思うのは、

感情というものに
振り回され続けてきたのか、

あえて感情を味方につけてきたのか、

それは分からないけど
とにかく感情的なんだと思った。



私も含めね。



感情っていうのは、
出せば出すほど

軽やかになると私は思ってる。




感情という生き物には
取り扱いってのがあって、

私は怒りで現実を動かすのは難しいけど
悲しみで現実が動くことを知ってる。



あんなに強かった彼女は、
ちょっと鬱になって
すごく自分が変化をしたと言っていた。



考え方や価値観が
すごく変わったって。


私も大鬱かました時期を超えてきた。



確かにそう。



躁⤴️で、
事業立ち上げたりして

切り開いてきた現実はあったけど、



鬱⤵️で、
力を抜いて楽になる

ゆるされてきた現実もあった。



泣けばゆるされる
その事実を身を持って私は知ってる。笑



誰かの前で泣くとかではなくて

泣きたい時に
我慢しないで泣けるようになってから


ほんとに、
世界はどんどん優しくなるんだよね。



勝手に色んなことが
手を差し伸べられる方に動くんだよね。



別に
誰かに泣きました、とか
あれが悲しかったです、とか

そんなのを告げなくても

自分ひとりで
えーん!って音をあげると

勝手に反応して動く人がいるんだよね。




共に経営という

見えない敵と戦いながら
見える敵を用意しながら
感情を揺さぶり続けて
恐怖に震えては立ち向かって

生きてきた私たちが行きついた先は、

「音をあげる」ことの習得でした。笑



でも、やっぱ
ここまで生き抜いてきた
そのオーラは消えないよね。


生き様みたいなのは、
消えることはないなって

彼女に刻み込まれたものは
語らなくても伝わってくるなって


手放しても無くならないものを
いくら捨てても消えないものを

見せてもらった昨日だった。



良いご縁が
10代の頃から用意されてたんだなぁ!



二十年後に
私たちは何を語ってるかな?って

そんなのも楽しみだね!って言いながら

ダラダラしすぎず
夕方前にはサクッと解散をした

私たちでした。笑