稀覯(きこう)なことがあるものだと、迂達赤達は驚いていた。

普段から風貌整えよと、口うるさいはずのあの男がと。

 

其れは、迂達赤だけに限ったことではなく、宮中の其処彼処で「その男」を目した女官、内官果ては重臣に至るまで、皆、一応にすれ違い様、我が目を疑う様に振り返ってしまう程であった。

その男、迂達赤テジャン、チェヨン。

其の日の彼の姿は、軍装鎧姿は何時もの事だったのだが、その上の彼の髪が。

何時ものチェヨンならば、長くなった髪を結わえ額に帯巻いていたのだが、結わず巻かずの態であったからだ。

 

東西に両班居並び、王の到着を待つ都堂(とだん)。

高麗時代の両班とは、東に座した文官を「東班」、また西に座した武官を「西班」とした事に依る『東西』の「両班」を指す言葉である。

此の東側、其の上位席に府院君キチョルの姿無きことを確かめた、チェヨンは都堂の開かれる殿閣の扉の傍(かたわら)基壇の上に作られた欄干に凭れていた。

其処佇み、此の目閉じればと、チェヨン。

頬掠める風が運ぶは、俺の髪に残る香り。

其れ誘うは・・・。

或る光景が顕然(まざまざ)と、俺の脳裏に浮かび来るのがわかる。

あの方を此の胸に抱き、狭い榻台の上、寝物語に語り合った、彼是。

「初めてって?」

俺の喉元から覗き見る、悪戯な色滲ませた大きな瞳の、あのお顔。

その声放つ俺好みの厚さの唇に、思わず軽い口付け一つ。

恥じらい見せるあの方の、此の腕に感じる重みすら愛おしく。

其れに思わず俺は・・・此の腕すり抜けて消えてしまわぬ様にと、此の胸の中へと抱く女人を仕舞い込み。

抱くではなく・・・。」

口籠る俺の言葉に「・・・ああ。」と、くすくす笑うあの方を台の上へとそっと下ろせば。

濡れそぼつ髪滴る、水雫。

其れ伝い落ちる実(げ)に美しきそ其の背中。

其れ目にした途端、己の臍下湧き起こる熱き陽気に耐える事なく、あの方を再び・・・。

肌合わせ體重ねる度ごとに、忘れ難く深くなりゆく、此の想い。

だが、俺は其れ隠す様に饒舌、あの方に語ってしまっていた。

俺の出自のこと。

此れまで俺が宮中でして来たこと。

あの場に相応しくもない話しだったのかもしれぬ。

しかし、俺の頭には決して消えぬことが残されていた。

此の方は・・・お帰りになる。還さねばならぬと。

だからなのか、俺は・・・思わず祈り願ってしまった。

あの方の髪に口付けながら・・・。

現世で叶わぬばらば、此の想い。

せめて・・・来世ではと。

それを知ってか知らずか、あの方は俺が驚く言葉を口にする。

「儒教には無い考えよね。輪廻転生。」

「よく・・・ご存知で・・・。」

「あら、私の居た国は儒教の国だもの。でも、クリスチャンもいる。勿論、仏教徒も。あっ。巫堂(ムーダン)も道士もいるわ。」

俺の知らぬ言葉「くり何とか」を除けば、イムジャの暮らす国は左程、此の高麗と変わらぬと知った。

其れから、イムジャの口から語られたことは・・・。

イムジャの話しこそ、あの場に相応しくなかったやも知れぬ。

だが、イムジャの語る全ては、俺のことばかりだった・・・。

 

そして、明日は王府と云う時に、あの方は。

俺の髪を「石鹸」なるもので洗い、りんすと称する含桜の「酢」で丁寧に・・・。

此処で、チェヨン。

何を思ったのか、頬緩ませた儘で、徐、無造作に髪をかきあげ・・・た、刹那、背中に鈍い痛みを感じてしまう。

「誰だ!」

其れに、思わず声を荒げ背後を顧みれば、其処には腕組みし険しい表情をした尚宮姿の叔母が立っていた。

「誰だ、ではないわ。お主其の腑抜けた姿は何だ。其れに、其の髪は。」

矢継ぎ早、次々に言葉放つチェ尚宮。

言葉吐きながら、彼女は何と甥の髪の毛を引っ張ってもいた。

「ああ。これか・・・」

言葉しつつ、チェヨンは己の髪を引っ張る叔母の手を払うと。

「あの方が・・・洗ってくださったのだ。」

と、少々にやけた顔で答えてしまう。

そんな甥の顔を目にした、チェ尚宮。

彼女の険しかった顔が瞬く間、悲哀の籠った顔へと変化する。

その顔つきの儘、彼女の口から出た言葉。

「お前のその顔。その顔が全てを語っておると知っているのか。」

「何をだ?」

叔母の言葉に憮然と答える、チェヨン。

「医仙は。医仙は知れてもよいと仰ったのか?」

心配そうな顔で問いかける叔母に、彼は・・・。

・・・テマンの様ですが。

・・・何が?

・・・外に居る様です。

・・・あら、じゃぁ行ってあげないと。

・・・此の格好になりますが。

・・・聞かれたやも、或は見たやも知れません。

・・・そう・・・かも。

・・・・此の儘、放っておくことも。

・・・別に、悪いことをした訳じゃないんだし。

・・・よいのですか。奴に知られても?

上掛けにしていたイタチの毛皮で胸元を隠していたイムジャ。

その姿の儘、俺の問いに、大きく頷いていた。

其れを思い起してしまい、ヨンはふと口角の端が上がってしまうのを感じるのだが、何故か叔母には「ああ。」ぶっきらぼう答えていた。

「知られてもよいと。医仙はお主との事を承諾されておるのだな。」

念を押す様に、チェ尚宮。

其れに、チェヨンは「ああ!」と今度は、はっきりと答えていた。

「ならば、良い。報告じゃ。お知らせせねば・・・

ヨンの答を効くや否や、其の侭、其の場を駆けだしたチェ尚宮。

そんな彼女に、ヨンは「おい!コモ!」と、呼び止める声を発したのだが・・・。

其の声は、彼女には届いてはいなかった。

 

背後聳える山々は緑濃く。

晴れ渡る空の蒼に浮かぶ白い雲は、来る夏を知らせる様に其処を漂っていた。

その空の下、男達の放つ野太い気合の声が木霊していた。

迂達赤兵営の中、円形修練場の直ぐ側、場外に作れた平地に作られた道場の様な場所で、テッキョンに励む男達がいた。

テジャン、チェヨンに、或ることを尋ねられたトルべ。

あれから、彼は自分の頭の中に湧き起こる妄想に悩まされていた。

ふしとしたことでちらつくのは、見慣れた鍛え上げられた半身裸のチェヨン。

そのチェヨンに絡みつく様な、医仙のあの脚。

それを、消し去ろうと王都の中、怪石引き裂く様に流れる渓流へ身を投じてみては、流れる水音に思わず妄想起こし。

また、忘れてしまえと山深く入れば、緑萌ゆる匂いに思わず、あの河原の光景がと。

そして、此処迄来たならば仕方なしと、南大街の妓楼へと足を踏み入れるも、招き来た妓生の白粉の匂いに心萎えてしまい。

兎にも角にも、トルべ。

あられもない姿の二人を想像してしまう己に、些か辟易してしまい、とうとう彼は死なぬ程の鍛錬をとの結論に至り、こうして腕に覚えのある迂達赤の中でも大きな身体の猛者を相手に、手縛(テッキョン)の鍛錬に勤しんでいた。

娯楽の少ない時代である。

当時、流行っていたのは勝敗を決する撃毬や後世シムルと呼ばれる競技。

テッキョンも其れに筆頭するような武術である。

故に、道場の周りには何時の間にか、此の鍛錬の勝敗を懸ける者どもが集まって来ていた。

集い来た者達の口からは、最初は彼奴の拳は強いぞだとか、あ奴の足蹴りは相当だとか、ほぼテッキョンに関する言葉ばかりであったのだが、時間が経つにつれ集い来た者どもの会話が変化し始める。

 

・・・ところで。

と、誰かが口にしたのを機に、会話が変わりを見せる。

・・・何だ?

・・・口憚れるのだがな。

・・・まさか、テジャンのことか。

・・・そうだ。

・・・あの髪のことか。

・・・あの髪、どう云えばよいのか。

・・・뽀송뽀송(ポソンポソン)さらさら。
此の言葉に「誰だ?」と声があがる。
その声に反応するように、何処からともなく姿をみせたのは、鼻の下を指で擦るテマンだった。
・・・テジャンの髪が、其れなら医仙のは?
此れは、今、道場の脇の石段を上がり来た、トクマンの言葉だった。
・・・찰랑찰랑(チャルランチャルラン)ゆらゆら。さらさら。(豊かな長い髪が)
口籠ることなく、即答返したテマン。
其れに、トクマンが即座に反応した。
・・・何で、お前が、そんな妙ちきりんな言葉を知っているんだ。
トクマンの言葉にテマンは、癖なのか何時もの様に片手人差し指を左右に小さく振りながら、いとも簡単に「おいら。聞いたから。」と、次にはまた鼻の下を指で触っていた。
テマンの「聞いた」の一言に刹那、男どもの『ゴクン』と喉を鳴らす音と同時に、辺り一面水を打った様にシーツと静まり返ってしまう。

その直後、何かが地面に倒れる「ドサッ」と云う激しい音が、一同の耳に響き渡っていた。
周りの雰囲気に鍛錬中にも拘わらず、トルべは誰かの声に思わず聞き耳をたてていた。

そして、テマンの言葉に、彼は我を忘れ暫し呆然となってしまったと云う。
その時、不幸にも彼の顔に相手の蹴りが見事に決まってしまう。

・・・大丈夫か?
・・・無事か?
地面に倒れ込むトルべを心配し、彼に駆け寄る迂達赤が目にしたのは・・・。


顔面中央を赤く染め、鼻から血を流しつつも、薄笑いを浮かべるトルべの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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http://www.spc.jst.go.jp/experiences/change/change_1002.html ⇐⇐一応、手縛(テッキョン)もw