
先週末、プラユキ・ナラテボーさんという、
タイで出家された日本人のお坊さんの瞑想会に参加しました。
告白しますと、私はツイッターで、ポノ的アカウントとは別に
”音楽友達&一般” て感じのアカウントも持っておりまして、
そちらで、原発関連情報をかなりチェックしてたんですけど・・・、
その瞑想会に参加したら、そのアカウント、まったく見る気がなくなってしまった。
それ以来、全然見ていません。
それが本当によいことかどうかわかりませんが、
私の生活は穏やかになりました。
( ポノ仲間のSさんはじめ、福島にお住まいだったり、ご家族がいらしたりするみなさん、
こんなこと申しまして、本当に申し訳ありません。)
また、ツイッターやミクシィも含めて、インターネットに費やす時間が激減しました。
正直いって、原発関連のことは、見るだけで腹がたって翻弄されちゃうことが多く、
クリーニングできるときもあれば、すっかり飛んでしまうことも多く。。。
瞑想会のとき、それをプラユキさんに、やっとの思いで質問してみた。
「震災以来、原発関連の問題に関する怒りを扱いかねてしまうのですが」 と。
プラユキさん、誠実に、全身で答えてくださった。明るく。
「まずは、自分の怒りをあるがままに受けとめること。『よしよし』と。」
「有史以来、『怒り』による『争い』で、世の中が変わってきた。
典型的なのはフランス革命。日本も、戦国の世が長かった。」
「けれど、平和をつくっていくのに、ほんとうは怒りは必要ない。
ブッダは、当時の社会の不条理に、怒りをもってではなく、淡々と対処していった。」
「結果を出せばよいので、結果の出る方法をやればよい。
怒って相手を責めても、いい結果が出るとはかぎらない。
相手も最初から完璧なわけではない。
『そうなっちゃうのね』 と相手を受容して関われば、相手の反応も変わる。
怒らずに平和へアプローチしていく、そういう意識へと切り替えていく時期になっている。
自分を犠牲にしない。自分のからだを痛めないでください」
ポノに出会う以前からの思いに答えていただいた感じで、
全身が安堵した。
瞑想会を主催してくださった方にも、お礼と感想をお伝えしたら、
私の質問に共感してくださっていたようで、
「報道も、怒りや恐怖を煽るように報道しますからね‥。わかります。」
と丁寧なお返事をくださった。
そうだよなぁ。
ツイッターで情報を流してくださる方は、ほとんど善意であるけれど、
それでも、やはり怒りとともに情報が流れてくる。
怒るのは、もちろん当然なんだけど。
そういう情報を見ると、やはり私も怒ってしまう。
怒りにだいぶ、まいっていたようだ。。。