うん、一日目が過ぎるとかなり楽だ。
調子がよい。
お腹もすくけど、やること多くて気が紛れるし、夜はちょっと嫌なことがあって、さっさとやることやって布団に入ってしまった。
で、寝られれば良いのだが、娘の鼻炎の症状がひどく夜中の寝苦しさを隣で見ていて、また目を覚ますがそれから寝られなくなってしまった。
最近、とても眠りが浅い。
そんなこんな調子で、二日目。
親子して寝不足気味。おまけに鼻も一向によくならず。
今日は朝から娘幼稚園お休みし、耳鼻科にいきました。
少しお腹が空くけど、気ぜわしい感にやはり気が紛れるせいか、我慢ができるのです。
気持ち一つで、私の負けん気が功を成す。
そのまま帰りは娘だけお昼させて、ついでに晩の買い物して帰宅。
面白いのが、最近思うのが、食べられないときに限って、ご飯の用意が楽しい。
自分が食べられないぶん、美味しいものを作って食べさせたいという欲求が強くなるのだろうか、買い物も楽しいし、頭も冴える。
これ、不思議なこと。
昼過ぎから晩の仕込みをしてました。
料理しながら、ふと自分の亡き父を思い出しました。父もそうだったのかなぁ…と。
自分の亡き父が、生前、よくキッチンで母の手前も考えずにただ自分の作った料理を家族に食べさせたいと、ご飯を作る場面が多かった。
正直、あの時は料理が出来る男の人が嫌いになるくらい、父のやりすぎた感に腹が立っていた。
時たま自分のご飯が美味しいだろうと、悪気なく母のご飯にケチをつけることもあったり、かなり女のテリトリーに入ってくる父に、もっとやることない?なんてニュアンスで、責めたこともある。
しかし、実は父は腎臓を患い、食べることも飲むことも色んな制限がされており、かなり辛い日々、そして病院通いの日々を送っていた毎日だったのだが、娘は父との折り合いがあまり良くなかった為に、何かとぶつかる日々だったのです。
でも、母はそんな父のストレス解消が料理なんじゃないかとわかってたんですよね。でも、かなり色んな気持ち譲歩していたんだろうな。わたしが母以上に気を遣えず、ただ父のやることなすことに腹が立っていたから、もっと気を遣って…。だって、うちの母は神様のように優しくて、父にほんとに気を遣い、遣いすぎていた。ほんとに良妻賢母の鏡といっても過言じゃない。
父にいっぱい尽くして、家族の為に誰よりもがんばって、ほんと色んなことあってもね。
で、そんな母の姿を隣でこの娘がだまって見るはずもなく、逆に私が母の気持ちをわかってたつもりで、気持ちぐちゃぐちゃ、わかっていても父には私しかキツく言う人がいなかったんだもん、と、当時を振り返ることがない日がないくらい、父が亡くなってもう14年、ずっとこんな気持ちを抱えて生きている。亡くなってしばらくは、自分を責めてつらかったなぁ。
でも、たしかに父の料理は美味しかった。と、思う。
いまだに素直になれないこの自分がアホに思えるが、そのときは私も父の作る料理は確かに自分が食べたくても食べられない辛いものや、一番無難な鍋物も多かったりして、嫌いじゃないけど、なんかそのときは気に入らず!またか!という気持ちが先立ってしまい、ため息つきながら食べてた記憶がある。
今思うと、いや、今になって、いや、もっと前に気付いてた気持ちだったのですが、ほんとにね~…。
色んな事がありすぎてあの当時は、ちょっと父に素直になれずにいたんです。
でも、父の料理は美味しかった。
いつもうちの家庭の食卓には、大皿料理が何枚も満載。誰がいつきても食べられるくらい、満載でした。
買い物も大好き、ほんと、今父が生きていたら、お互いどんな風に向き合っていただろう、と、思うときがあります。
で、そんな父が亡くなった時に私は後悔の念でいっぱいでした。
私も若かった。今だから分かること、あの時は分からなかったわけじゃなく、つっぱるしかなかったのよね、と。
人間はその時その時を素直に生きるべきだと思ってたからこそ、純粋すぎる一本気な若気に気を取られ、見て見ぬ振りが酷にも出来てしまったんです。
まあ、料理しながらこんなこと思いながら、気ぜわしく気がついたら三時半。
今日の晩ご飯は手羽元と大根と卵の煮物。しっかり染み込みましたよ。
その外、5品。
今日も抜くので、我が華族よ(笑)美味しく召し上がれと、私は隣で独りで無心にお茶をすすりました。
