〜傍観者としての視点〜
前回、苦しさへの見方を変える という事についてお伝えしました。
今日は、その苦しさを受け入れる余裕を作り出す事について。
思い、苦しさは
「自分ではない」とお伝えして来ました。
単なる思い、
起きた出来事に対する苦しみ
という感情に過ぎないのです。
その事実を
受け入れる余裕を持つ為には
『傍観者としての視点』
が大事なのです。
ポイントは
苦しいという感情が生まれたら
「自分は苦しいという感情を持っている」
というように
起こっている事を実況中継するような
捉え方をしてみましょう。
物事を客観視する事
一旦全て受け入れる事が大切です。
そして受け入れたものは
全て手放し
残った今という瞬間に存在している
あるがままの自分を感じるのです。
ヨーガや瞑想で
全てあるがままに受け入れる
練習をしていると
苦しみと共に生きる
そんなありのままの自分、
今を受け止める力が高まります。
あれだけ考えていた事
悩まされて、苦しんでいた事を
受け入れ、そして
手放した後に気付くことがあります。
それはつまり、その苦しみや感情と
自分とは別の存在なんだという
気付き。
苦しみ=自分
それが自分と感情との同一視となり
苦しみとなっているなら
切り離せば良いのです。
客観的な視点で、感情を眺める。
すると、
「自分の体」と思っていたものは
自分では無く
「自分の感情」と思っている概念も
自分のでは無いと
識別する事が出来ます。
常に動く心や体。
そんな心や体を遠くから
客観的に眺めている
自分という存在を知ったとき、
心や体という存在を超えた
自分の存在を知り得ます。
ヨーガ・スートラ第3章43節では
『心と自分自身の違いを知り、
無知を落とす。
苦悩を取り除くためには、
無知と混乱を解放すること。
そのために、真実を見極め、はっきりと知ること』と説きます。
苦しみや感情は外に向かって流れ、変化する性質を持ちます。
苦しみを観ている自分自身は
内側にある意識の源です。
その意識の源は動くことも流れることもない
普遍の存在。
流れ、変化する苦しさを観る
『自分自身という存在』
を正しく理解する事で、
苦悩の原因となる
『無知』を取り除く事が出来る
と述べられています。
表面的な苦しみに囚われず
本質的な自分自身を知ること。
そのヒントは外側にはありません。
いつもあなたの中にあるのです。
意識に縛られる事のない
自分自身の真実を理解するためにも
傍観者としての視点が大切ですね。
今日は以上です。
最後までお読み頂きありがとうございます😊🙏
